「生きる、っていうのは」

隣を歩く青年の唇がわずか動くのが見える。



絵本



任地まではあと僅か。

ここからは歩いていくと宣言し、青年に恨みがましい視線を浴びせられたのが半日前。
まだ着かないのかと、走らなくていいのかと訪ねられたのも数時間前。
それ以外に言葉を交わした覚えはない。

つきあいは短くないが長くもないから、こちらから聞きたいことも媚びを売る必要もない。
わざわざ構ってやる義理もない。
まあしかし、反応を見るのは楽しいかもしれない――そう思って放っておいたのだが、恨み言を言うでもなくただ黙っていたのでそろそろ詰らなくなってきたところだ。
続きを促す代わりに一瞥すれば、勝手に続きが発せられる。

「一回二回、って――命を数えるのも変な話だと思うんですけど。実際そうするしかないですよね、まさか動詞を一個二個と数えるわけでなし」

こちらを見ずに青年は続ける。

――どういう反応を期待しているのか。

分からないので黙る。
いや、単に面倒だったからかもしれない。分かったところでその通りにしてやるかと言えばそんなこともないのだから。

「たとえば、その猫がその人生――いや、猫生とでも言うんですかね――を全うして、死ぬ。そうすると、同じ存在として生き返るのではなく、また新しい存在としての生命が始まるんです」

聞いてますかと確認されたので、聞こえていると返す。
聞こえているのだ。
何も伝わってはこないけれど。

「でもね、あれは延長線上なんですよ」

少し弾んだ声で、表面だけは楽しそうに。
正守は続ける。

「確かに違う存在、違う個として生まれてくるのに。その精神や記憶だけは同じものが引き継がれる。仏教で言うところの輪廻転生とも考えられますが――これを一回二回と捉えるのはどうなんでしょうか。概念として」

精神さえ記憶さえ残れば、生き返っているのと変わらないのでしょうかーー。

そこまで言って、青年はようやく俺の方を向いた。

「無道さんのような、そのまま自身を延長するような命の使い方というのは、果たしてどうなんでしょうね。言ってみればあなたはいつまでも一回の生にしがみついているわけでしょう。生き返るっていうのは命を使う感覚なんでしょうか。俺には分かりません。命を数で数える――個数として認識する、っていうのは。ただ命に対する侮辱だと思うんですよね」
「ふうん」

気のない返事を返す。
特に反応を期待していたわけではないのか、青年も無表情にええと小さく頷くだけだった。

――気づいていないのか。

命の計算を否定すると言うことは、即ち命に区別を――優劣差別をつけるということだ。
ただの理想論者として言うのでなければの話だが。

隣にいる小癪な青年が何を考えているのか俺には分からない。
さほど興味もない。
教えてやる義理もないし、そこから苛めてやるほどの時間的余裕も残念ながら今はない。

「それで」
「え」
「何が言いたいんだおまえは」
「あれ。分からないんですか無道さん」

すこし――おそらくわざと――目を見開いて、にこりと笑って一言。

「何か言いたいなら初めから言ってますよ」

ただの無駄話です――と。

そうとわかれば急に興が乗り、今度はこちらの番かと共犯者の笑みを返した。







【了】
10/06/08・up

そしてイチャイチャ(古)へ。