【忠義を誓う十題】
(配布元→http://lyricalsilent.ame-zaiku.com/)

ばさらで初めて書いたSS群。
キャラを掴むための練習も兼ねて書いてました。
くだらないのも真面目なのも普通に混在。


6:すべてを捧げましょう(幸佐)
7:言葉にせずとも(幸佐)
8:いつでも側に(政小)
9:それは命令ですか、それとも(政小)
10:いのちを賭して(幸佐)




______






全て呑込めば合点も行くか





「佐助、聞いているのか!?」
「ハイハイ、すみませんでしたってば。そろそろ許してよ旦那」

眼前で憤慨している上司を苦笑で見つつ。
佐助は子供に対するような口調でそう言った。

「何も俺が悪い事したって訳じゃないでしょうに」
「悪い。勝手に飛び出して、そんな怪我を、」
「そんなの、狙われてるのにあんな直前になってまで気付かなかった旦那が悪いんでしょ。まぁ尤も、俺がもっと早く気付いときゃ良かったんだけどね」

自嘲気味に言って、ごめんね旦那と謝ると、おぬしが謝るべきはそこではないと怒られた。
右腕は確かに動かそうとしただけで激痛が走るし、飛ばされた衝撃で、肋骨も2、3本は折れるか罅が入るかしているかもしれない。
だからといって、それは佐助の話であり、真田幸村の話ではない。
そしてそれは、仕えている主人に、そういう風にして捉えられるべき話ではないと佐助は思う。
座って、主人の腕に上半身を抱えられているこの状況も、大体が可笑しいのだ。

「そうではない。お前の功績は褒めるべきものだし、某が伏兵に気付けなかったのにも責任はある。が――そうでは、ないのだ」

そこまでで俯き、黙る。
幸村の言いたい事は分かったが、そんなことを言おうとすること自体に疑問を覚えるせいで、筆舌に尽くし難いほど怒っているらしい主人に対し、佐助は心底から、謝ろうとは微塵も思えなかった。
しかしきっと、形だけでも反省しなければ、この男の機嫌は直りはしないだろうと思う。
勿論、形だけで満足するような大人しい相手ではないのだけれど、それでもしないよりはした方がマシかも知れないという判断を下し、幸村の肩に手を置いて。

「反省してますよ。ね。これで良い?」
「良い訳があるか」
「えー。俺精一杯反省したのに」
「ふざけるでない」
「ふざけてなんか、」
「ふざけるなと言っておるのだ、佐助」

真剣な眼差し。
武士として主としての、真直ぐな。

その熱意や感情は感じつつも、悠然と、冷めた忍の瞳で見返す。
幸村はいつもいつも、己の正しいと思うこと、信じることで相手を断じる。
相手を理解しようとさえしないのは、幸村の美徳であり、そしてまた欠点だとも佐助は思っている。

「あんのねぇ、旦那。俺は謝んないよ」

きっ、と、相手の眉が上がる。
何か言われるかと思い間を空けたが、こちらの続きを待っている様だったので、佐助は大人しく続けることにした。

「旦那は勘違いしてる。俺は旦那の家来であって、友人とかそういうんじゃないんだ。しかもその上、武士の類ですらない。一介の、ただの忍だ」

――だから旦那に悲しまれる理由も悲しませる理由もない。強いて言うなら家来としての失敗や負傷は責められるべき所だから、旦那がそっちで怒っているんなら謝ってもいい。

そう続ける。少し息が苦しかった。
黙って聞いていた幸村は、顎に手を当て、少し考えてから。

「佐助は、俺の家来なのだろう?」
「そうだよ」
「なら、某の望む様な存在であるのが道理ではないか」

清々しい顔をして真っ直ぐな瞳で。先程まで不機嫌な顔をしていたとは思えないほど、からっとして。
自分の考えた論理に満足しているらしく、明るくそう明言した。

幸村は迷わない。
行動に一貫した原理があるのだ。だから良く知らない連中には頭が悪いと取られるし、そして少し、その原理が他人とは異なっている部分が多いために変わり者だとも取られる。
だがその実、決して頭が良い訳でも悪い訳でもない。
単純というその一点だけは全く否定しないが、佐助の知る幸村は、とにかく周囲の幸村に対する理解とかけ離れている。

――真田幸村をこういう意味で恐ろしいと思うのは、おそらく自分だけだろう。

佐助は、そう自覚している。
その恐怖をひたに隠して憤りに変えて、不服な顔で口を開く。

「違うよ。家臣ならそうかもしれないけど、俺は忍だから」
「何も違わぬ」
「違う。家臣は武士、人間だ。でも忍は道具なんだよ。そもそもこんな任務に関係ない会話してる時点で俺若干忍失格なの」

――分かるかな、分からないだろうねそうだよね。

捲し立てるように、言って。
自分は一体何に腹を立てているのかと、今現在熱くなりかけている自分とは別に、妙に冷静に見つめている自分を感じた。

幸村は黙っている。
濁りない瞳が、佐助を佐助のみをただ見据えている。
佐助は物怖じしかけている自分を奮い立たせ、辛うじてその眼を見ている。



「――――忍、が」



静かな、重い声。
一瞬誰の声かと自分の耳を疑った程に、その音は深くから響いて。

「忍が、心を痛めながら戦などするものか」

腕を。
今まで庇うようにしていた右腕を、勢い付けて引っ張られる。
おそらく筋をやられ、加えて骨に罅でも入っているのだろうと思うのだが、幸村は手加減なくその手首を握り、引く。

「ッつァ!」
「ものが、この様に痛みなど訴えるものか」
「ちょ、離してよ、旦那。洒落ならないよ、ほんと!」

慌てて止めるが、幸村に止めようとする気配は感じられない。
本気で悪化するんじゃないかと思ったが、元来が物理的な痛みには強い方だから、そこで幸村を止めるのは諦めた。

「忍だと?それは一体何だ。お前の知っている忍は俺の知っている忍と違うが、お前のその理想像が正しいと何故言える?道具だと言うのなら余計に主君の命に従って動くべきであろう。お前は俺に如何してほしいのだ、お前は、」

腕から背中に回した両の腕で。
引き寄せ、掻き抱く。
指に力が入っているので、肉を捕まれて痛い。

「死の理由に俺を使うな」

回された腕が震えている。

失う事が怖いのだろうか。
否、違う。おそらく、この震えは怒り。

おそらく一度失ってしまえば、実にあっけらかんとしているに違いない。
佐助は幸村ほど現実主義の男を知らない。周囲が思っているほど仁義に熱い男というのではなく、実に刹那的感情的な男だと、佐助はこれまでの付き合いで感じた。

己がまだ生きているから、この男は悲しむのだ。

眼に見えるところで俺が痛そうにしているから、辛そうにしているから、その所為で苦しんでいるだけなのだ。
居なくなれば、初めから居なければ。
それは実にあっけらかんとしているに違いないのだ。

「ごめんね、旦那」

相手の求めているのとは違うけれど、心からの謝罪を送る。
開いた方の腕で、幸村の頭を掻き抱いて。

「さ、佐助?」
「こういう時は黙るもんでしょ。空気読んでよ」

何に盛ったものかと考えているらしい幸村の口を無理矢理こじ開け、噛み付くような口付けを。
幸村が少し戸惑っていたのも最初の数秒で、すぐに俺よりも熱く求めるようになる。

「ねぇ、旦那」
「ん、なんだ」

「もっと」

もっともっと。

跡形も、血の一滴も、遺さぬ程に。



――俺を食らってくれよ。



その言葉ごと、相手の口に捻じ込んで。




【了】




06/11/27・up






______






以心





戦局は決して有利とは言い難い――と、そう予め言われて来たのだから文句はない。
文句は無いが、とはいえ自分が突出した訳でもないというのに、こうも周囲から仲間が切り取られるとは流石――。

しかしそこで、喚声と共に駆け寄って来る小隊を見、佐助は思考を中断した。

切りかかって来る兵達を最大限引きつけ、真上に跳ねる。
と、今まで佐助のいた場所に突然、横からまるで物のように飛んでくる鎧武者。
突然飛んできたそれらに、佐助に斬りかかろうとしていた数人の兵が吹き飛んだ。
愛鳥に片手で身を預け宙から飛来物の発射してきた方向を見れば、先程の鎧武者と同じ具足を付けた集団が輪を作る様にして何者かを取り巻いている。その中心にいる人物と、佐助は偶然眼が合った。紅蓮の炎を纏い、両の手に双槍をしっかと握り、鷲色の髪と紅鉢巻を空に靡かせ無数の敵兵と対峙している。
自然と口角を上げあったのは、決して自棄になったからではないと御互いに理解している。

佐助の視界、幸村の顔のすぐ後ろに、いざ斬りつけんとするところの若武者が覗いた。
短く息を吐きながら、取り出した苦無を放つ。と同時に愛鳥の足を離し、自分は落下点にいる敵兵を上から薙ぐことで衝撃を殺した。鳥にはそのまま頭の高さで真直ぐに飛ぶよう指示する。
それは丁度その集団へと向かい。

「わ、な、何だ!?」
「慌てるな、鳥だ!ただの鴉だ」
「から、す――」

喚いていた兵の一人が、音もなく倒れる。鴉に眼を奪わせ影に潜み躍り出た佐助に兵達は即座には反応できないで、一人、また一人と倒れていく。
輪の一角が失せ、兵達がその忍をきちんと認識し出した頃には、佐助は幸村の後ろに立っていた。

「何故来た。助太刀は無用だ、佐助!」
「そりゃこっちの台詞だ。借りは一々返しとかないと気持ち悪いったらない」
「馬鹿を言うな、貸しなどない!」
「あ、そ。じゃあ俺のも助太刀じゃない。俺の来た所に勝手に旦那がいただけだ」
「――減らず口を…」
「へへっ、口ならまだ旦那にゃ負けないぜ?」

幸村はその槍だけでなく立ち位置ごとよく動く為、背中を預けて戦うには向かない。
それは佐助も同様で、素早く移動行動し相手の不意を撃つという忍の戦闘法は個人の暗殺や集団の撹乱等を得意とするため、この様な乱戦で味方と固まって、というのは確実に不向きである。

御互いそれ位の事は熟知したもので、視線を一度軽く合わせた後、即座に二人、間逆の方向へと地を蹴った。

佐助は真直ぐに切り込むと即座に影に隠れ、驚き惑う兵達を割って地上に、そしてそのまま宙に躍り出た。
得物が兵達の鎧に引っ掛かり少し崩れかけた体制を、けれど愛鳥を呼んでそれに下がることで無理やり持ち直し。緩やかに降下しつつ付近の敵を分銅や飛道具で散らしていく。

「ふッ」

軽く息を吐き、手裏剣を伸ばす。
逃げようとしたらしい兵士の背に刺さるのを眼で確認し振り返ると、そこはまるで。

――まるで地獄絵図だな、こりゃ。

佐助は口角を上げた。自分で笑ったというよりも、笑う他ないからそうなっただけのこと。

兵達が、燃えている。
炎を上げて。一際大きな炎の塊が、舞い踊る様に兵達の間を進んでいく。

――嗚呼――否、いけない。

一瞬奪われた眼を前に戻せば、何処の誰が放ったものか知れない槍が目前に迫っていて。
佐助の合図と、愛鳥の反応がもう少し遅ければ、今頃どうなっていたものか知れない――と、佐助は着地しながら、背筋を何か冷たいものが走っていくのを感じた。
幸村は視界に入っていた佐助の様子に、そちらを向き、叫ぶ。

「佐助っ!油断するな!!」
「はーい、はいっと」

佐助は軽く手を振り、空いた手で、苦無を幸村の顔へ――矢張り何処からか飛ばされたらしい矢に当たる様に放った。
実際に矢が弾かれて飛ぶ時には、幸村は既にもう他方を向き、宙で槍を振り上げていて。

「旦那もね」
「その様だな!」



そう言って、佐助は地を蹴り、幸村は地に着いた。
再び共に、間逆の方向へ。




【了】




07/01/25・up






______






孝行。





「政宗様」
「何だ」
「仰る意図が、解りかねます」

――決して、己の理解力の乏しさ故ではないだろう。

そう思い、俺はゆっくりと、相手の眼を見て言い切った。
しかし眼前の我が殿は涼しい顔をして、笑みさえ浮かべている。普通に並んで座れば身長通り座高も自分の方が高いのだろうが、しかし相手が壇上にいるというこの状況では自然と見下される形になり。
それが余計に、相手の余裕に拍車をかけているのかもしれない。

「What?もうボケか、早いな小十郎」
「いいえ、小十郎の耳が間違っていたのでなければ政宗様の方が心配です。聞き間違いかも知れませんので、もう一度仰って頂けますか」

聞くと主は一瞬ひくりと眉を動かしたが、すぐにもとの余裕ある笑みを浮かべて。

「温泉にでもvacavceしに行かねぇかっつっただけだろ」
「お断りします。ちなみに政宗様、vacanceは仏蘭西語ですので英国語と混同なされますな」

辞儀をしつつ出来るだけ慇懃に言えば、盛大な舌打ちの音がした。
顔を上げると、主人が立ち上がり、本来座して居るべき上座から大股で歩いてくるのが見える。と、俺の前で立ち止まり、落ちてきたのかと思う程素早くしゃがんだ。落とした首を曲げて斜め下から覗くように見上げるその姿は、決して行儀の良いものでも一国の主が行うものでもないが、どうして中々様になっている。
否、一国の主がこの様な姿勢をして、様になっていてはいけないのだろうが。

「Solly,聞こえなかったな。今なんつった?」
「ですからvacanceは英米でなく仏蘭西の言葉です、と」
「そっちじゃねぇよ。その前だ」

そちらの方ですか、と呆れて言う。
政宗の発している怒気が一段階強くなったような気がした。

「お断りします、と、申し上げましたが」
「そう、そいつだ。それが気に食わねぇ。Why?」

政宗はひどく気に触った様で、ただ睨んでいるだけでなく怒気を発している。
外観だけでは確かに相手を竦ませる効果位持つのかもしれないが、残念ながら自分は彼の怒りの理由を知っている分、その効果はない。
――一国の主が家臣と一緒に温泉に行きたがってしかも断られて切れている、など。
正直幼い頃から傳役として育ててきた分、こういう姿を見ていると恥ずかしいというか嘆かわしいというかそれはもう陰鬱な気分になるのだが、自身の怒りにしか目の向いていない主君には、自分がこんな事を考えているなど決して伝わらないだろう。

仕方なく、大業に溜息を吐き、その後口を開いた。

「ご冗談は止して下さい。この小十郎、通常の任に加え、政宗様の不在を埋めるのも大切な仕事。この情勢も不安定な時期に二人して城を空け、しかもそれが外交関連ならまだしも湯治の為など言語道断。もし政宗様の不在時に何かありましたら、先代に合わせる顔が御座いませぬ」

どうしても行くというのなら、護衛を付けますから一人で行って下さい、と続ける。
勿論相手はあからさまに不満だといった表情で。

「おい小十郎」
「はい」
「てめぇ地獄の果て迄俺について来るっつったよな?」
「はい」
「地獄にゃ来れて温泉にゃ来れねぇ、と」
「そういうことになりますな」

捲し立てるように問う相手に淡々と返せば、自棄を起こしたように声を上げて高らかに笑い出した。
ひとしきり笑った後、呼吸を整えて、大きく息を吸って。

そして。

「面白ぇjokeだな小十郎」

急に真顔で、常より低い声で言った。
脅すような、押し付けるような。慣れない者が見れば、つい有ること無いこと喋ってしまいそうな。
慣れている者から見れば、別段威嚇にもならないが。

「いえ、決して、」
「分からねぇ奴だな。今なら未だjokeで許してやるっつってんだ」
「政宗様こそ如何して分かって下さらない」

ああ、と、語尾を上げて先を促すので、そのまま続ける。

「宜しいですか。例えばそれが単に政宗様の我侭であれば、咎めるのが仕事ですので出来る限り止めさせて頂きますし、それでもどうしても行かれるというのなら十分な護衛を付けて頂き、小十郎はその間全力を以って城を守ります。もし仮にそれが気遣って下さってのことだとしても、そんな理由でそんな風に休みを頂いては、何処に居ようと何をしようと全く心休まらないので逆効果です」

分かりますかと確認する。
否、政宗も馬鹿ではない――というか、寧ろ頭は良い――のだからある程度承知の上で言い出したに違いない。こちらを安心して連れ出せる様な準備や参段もあったのだろう。
だから初めから具体的な懸念事項を挙げるでなく、自分の感情を理由に上げるような事をしたのだ。

「なら、どうすればいい」

口を尖らせて、子供の様な反応をする。
まさか本当に自分の羽伸ばしの為だけに企画したのかとは思わないし思えないが、こういう時ばかりは、昔を思い出し、この可愛気の無い我が主君を、可愛いものだなと思わなくもない。
自分が珍しく行おうとした善行が上手く行かないのが、兎に角気に食わないのだろう。

「普通にして下さっているのが、一番の孝行です」
「疲れてんだろ」
「政宗様が確りとその手腕を発揮して下されば、大分楽になるとは思うのですが」
「俺が悪いってか」

引き続き、拗ねるような口振りに、態度。これで図体が小さければ、まぁ甘やかしてやっても良いのだが。
否、図体が大きくとも、結局自分の眼に写る政宗は子供に違いないのだ。
親らしい親の愛情を受けていないと見受けられたからか、諌めると同時に甘やかすのも、一種自分の仕事となっていたのだから。
甘やかしてしまうのも、仕方の無いことだろうと自身を納得させた。

「いいえ。政宗様のお蔭で、小十郎は今、生きております故」
「What?」

驚いて眼を見張っている。何を意図しているか、すぐに見当が付かなかったのだろう。
素直な反応だと思った。こういう捻くれていない部分は相変わらずで、そこはかとなく嬉しい。

「政宗様がお亡くなりになられる時はこの小十郎の命尽きる時。今生きて頂いていることだけでも、どれほど嬉しい事か」

こちらが手短に言い終えると、主は暫く部屋の各隅に眼を走らせて、そして。

「お前は本当にずるい」

と言った。

「大人ですから」
「俺だってもう子供じゃねぇ」
「いえ。それでも、小十郎にとっては」

愛すべき若君のままですと、自然と湧く笑みを、押さえず浮かべて。
滅多にしない柔らかい顔で、続ける。

「勿体無いお心遣い、感謝致します」
「断ったくせに」

拗ねた口振りで、眼を逸らして言う。
戦場や公務では本当にあの梵天丸かと眼を疑いたくなる様な成長をしたと思うが、その反面、内面はまだまだ子供らしい所があり。
そんな政宗を知っているのが自分だけだと思うと、何やら嬉しく、咎める気も若干削がれて。

「仕方がないでしょう。政宗様が小十郎に一人で行けと仰らないのですから。尤も行けと言われたところで、政宗様が働いておられるのに自分は一体何をしているのかと自己嫌悪になるので行けない訳ですが」

――甘やかし過ぎるのも、問題だとは思うのだが。
伝わるかどうか分からない程度に含めて言えば、少し、考えて。

「嬉しかったのか」

少し、誇らしげに笑う。
楽をしてほしいならこんな事をしていないでさっさと仕事をしろだの言いたいことは山ほどあったのだが、どれも口に出る前にまぁいいかと打ち消されて。

「親心というものが分かった様な、妙な心地がします」

また不満気な顔をした政宗を見ながら。
可愛らしいものだなと、また不快にさせると分かりつつも笑ってしまった。




【了】




06/11/28・up






______






「俺より先に死ね」




其の生き死にへ冠する戯言




響いた声に、小十郎は窓に手をかけたまま、主の方へと振り返った。

閉めかけた窓の隙間から覗く茜色の空が、紅く紅く、部屋そのものを染め上げている。部屋の主人である政宗の顔も、やはり紅に染まっていた。
衣服に使われている藍の布地ばかりが紅を受けてなお深い青味を保っている。
従って袖から覗く腕、裾からの足、そして首、顔ばかりが、異様な程紅い。

その政宗はつい先程、小十郎が窓へと立った時には、少なくとも寝ていた筈で。いつ起きたのか問えばnowと異国の言葉で返された。
一瞬考えたが、成程今ですね、とだけ確認の様に言って顔を体の正面に戻す。
主人が使う以上は聞き手として理解しなくてはなるまいと、小十郎は、ともすれば政宗以上に異国語を学んでいる。

そのまま動作に戻ろうとすると、聞いていたのかと確認されたので、再び振り返って、政宗を見た。
政宗は、寝ていた時と姿勢も場所も変わらない。
それでも、部屋の空気が先程とは確かに違っている風に小十郎は感じる。
ただ政宗が起きているか否かでこんなにも雰囲気が変わるものなのかと、不思議に思った。
夕暮の静けさはまだ消えていない。騒々しくなったというのではなく、空気に重みや厚みが増した、とでも言おうか。

「流石に政宗様と齢十も離れております故、放っておいても先に死にますかと」
「そうじゃねぇ」
「政宗様こそ何を突然、不思議なことを仰るのです」

至って真顔で尋ねる小十郎に、政宗が首を傾げる。
通常、一対一で話す場合、小十郎は静かだ。
戦場で見せるあの凄まじい剣幕、熱気は、こうして平生対話していても感じられることはない。

逆光で表情がよく見えず、政宗は小十郎に寄れと命じた。小十郎は閉めかけの戸に軽く視線をやったが、そのままでいいと付近の畳を叩く。
急かされて寄る小十郎は、主君の我侭に呆れる事もしない。眉一つ動かさず、ただ政宗の命令にのみ従う。
慣れたものだな、と。
嬉しくもあり、どこか虚しくもあり。

「何故小十郎が政宗様より先に死なぬと思われます」
「別に」
「夢でも見ましたか」

寄り切って、音もなく正面に座す。
決して生まれが良い訳でもないが、神職に生まれ小姓上がりの小十郎は、家臣の誰よりも動作が良いと政宗は思う。

――夢。

実際に音でもしそうな程に分かり易く、政宗の動きが止まり。
心配気に覗き込む小十郎の肩を右手に掴むと、胸元に左を差し入れて。
忠実な家臣を安心させようというよりも、他の含みを多分にもった顔でゆっくりと笑ってみせた。

「ああ。とびっきりにhorrorな夢だ」
「何です、この手は」
「慰めてくれるんじゃねぇの?」

小十郎は胸元を割る手の、首を掴む。
女とまではいかないにせよ、少なくとも自分よりは細いだろう。

政宗が何故自分などをそういうことの相手にしようとするのか、小十郎には理解できない。
抱くなら女の方が柔らかく余程心地良いし、声にしたってそうで、野太い声など、最中には決して聞きたくないと自分なら思う。
加えて、政宗にはまだ跡取りが出来ていない。そういうことも含め、小十郎は心から、政宗には余程自分などより女を抱いて欲しいのだ。

そもそも何故身体を繋ぐ必要があるのか。
絆を深める為だとかいう他所の話を聞くにつけても、自分の忠誠が疑われているのかと感じ不安になる。
誰にも負けない、絶対の忠誠を持っているつもりだ。
それだけは、自分に対し誇りを持っている。幼い頃から常に共にあったのだから、切るに切れない絆もあるだろう。
それでも満足しきれないというのなら、それは小十郎が政宗に不安を与えているということになりはしないだろうか。

だから小十郎は、抱くと言われれば――それでも多少生理的な嫌悪や世間体を考え、基本的にいつも乗り気ではないのだが――あまり断るということをしない。
全て自己の責任なのだと思うことにしている。

政宗に対し若干の申し訳なさすら感じているのだと、政宗が知ったら怒るだろうか――と。
そんなことを頭の片隅に置きながら。

「慰める必要がおありで」
「他の誰が慰めてくれんだ」
「誰でも。政宗様が命じれば、断る輩もおりますまい」
「俺を甘やかすのもお前の仕事だろうが」

小十郎から見る政宗の顔も、腕も、足も。眼に見える肌は全て紅い。
その鮮やかなまでの紅と藍は、近き戦場を思わせた。

先陣を切って敵方に突っ込んでいく、閃く蒼、舞い散る赤。
目蓋の裏に鮮明に残る後姿は、いつも自分が命を賭して守っているものだ。

自分は政宗と違い派手なものを好む性質ではないし、混乱や混沌は正直厭うているため、戦自体は好きではない。
とはいえあの独特の高揚感と、緊張感。命と命を賭け合う、真剣勝負にはひどく惹かれる。
自分は温厚には決して見えないと思うが、それでも、普段からは想像出来ないとよく人に言われる程に、戦に飲まれる。
元来好戦的な性分なのだ。

ただしこの時小十郎は気付いていない。
政宗から見た己の肌もまた、紅に染められている事に。本来は浅黄色の着物が、紅く、暗く。

政宗は、べっとりとした血の感触を思い出していた。
夢だったとは思えない程に生々しく残っている感触。

戦場で、相手から飛ぶ鮮血ではない。乾燥し掛けた、どろどろとした、黒ずんだ。
手に付着した感触は、自然に付いたものではなく、抱きしめた身体に染められたものだ。
縋るように掻き抱く着物は常の相手の陣羽織。明るめの茶が、これもまた変色し黒くなったものに染められ。

そして。

「政宗様」

普段より性急に、胸元を割り着物を乱すその手と、その動きに反し、落ち込んだ顔。
違和感を感じ話しかける小十郎は、けれどその答は期待していない。
こういう時に政宗が答えようとしないのを、十分に分かっている。

「慰めろよ、小十郎。子供が甘えてるぜ」
「子供らしく甘えて下されば」
「無茶言うなよ、元服はもうずっと昔に済んでんだ」
「なら、そう甘えますな」

悪戯をする餓鬼の様に笑い。
行動は、手癖の悪い男のそれで。

何をどう間違えてこの様に育ってしまったものかと、小十郎は暗雲たる気分に襲われる。
大体が男を抱くなんて真似も発想も、決して自分が仕込んだ訳ではない。房中術は作法等多少自分が教えたが、男色などそういう風潮があることすら言った覚えがない。

頭も良く好奇心も旺盛、何でもすぐに吸収する子供だった。
それは今もまだ変わりないことなのだが。

「甘えなくなったら、寂しがる奴が居るだろ」
「それは、」

私のことですかという台詞ごと、相手の口に飲まれてしまう。

至近距離にある顔は、紅く、――紅く。

「政宗様は、小十郎より先には死ねません」
「What?」
「この小十郎が全身全霊を以って御守りするのですから、簡単に死ねると思いますな」

聞いて、茶化すように口笛を鳴らす。

こんな殺し文句は何処の女に吐けるものでもない。
小十郎の口から、小十郎の想いがなければ聞けない、甘美な響きだ。

「恐ぇな小十郎は」
「政宗様、どうなされた。一体何だというのです」
「――別に何でもねぇよ」

それは、夢の話。

小十郎が、段々と動かなくなり、手にかかる重みが増し。
最後に聞いた低い掠れ声を、心から愛しいと思った。

悲しいと思ったし、遣り切れないとも思った。
けれど、相手が最後まで自分のものだったと思うと、妙な高揚感も覚えた。

というより。

遺されるということを、自覚した。

自分は背負うものがある。
小十郎がたとえ先に逝ったところで追いかけるような真似は絶対にしない――そんなことをしても逆に小十郎に申し訳が立たなくなるだけだ――し、自分が生き残って伝えねば、想わなければ、誰が小十郎を祭るというのだろう。

けれど。

もし小十郎が生き残ってしまった場合は如何か。
伊達家に忠義を果たさんと、世継ぎの補佐に勤めるだろうか、それとも。
否、そうではなく、おそらくは。

――死ぬ。

伊達家に忠誠を誓っているとはいえ、伊達家である前に、政宗個人に対しこれだけの想いを以って仕えているのだ。
忠臣は最後まで忠臣として果てるだろう。

――そんな馬鹿な話があるか。

無駄死に美徳はない。多くの武士と違い、政宗はそう考える。
出来ればこの男を、小十郎を、そんな理由でこの世から消してしまいたくはない。

勿論そうしないための方法を政宗は知っている。
自分がそう命じさえすれば、後を追うなんて馬鹿な真似はやめろと言えば、やはりこの男はそれを貫くだろう。
けれど。
自分の居ない所で、幸せであれ不幸であれ、小十郎が生きていたとして。
一体何の意味があるだろうか。

小十郎は政宗が生きる意味であり価値だと公言して憚らない。
それならば、喪って尚生きる事は苦行難行に他ならず。加えて、もし他に生き甲斐など見付けられては――困る。
もし死後の世界なんて馬鹿馬鹿しいものが存在するのなら、祟るかも知れない。

結局。

小十郎が先に死んだ方が、自分にとっては都合の良い事だと思う。

「俺のいない所で生きてても、無駄だろ」
「そうですね」

迷いのない言葉。

澱みなく、抵抗なく、きれいな。
だから、溺れてしまうのだというのに。

どこまでも引っ掛かる所のない落とし穴に、落ち続けている様な。



「好きだぜ、小十郎」
「存じております。けれど」



実に、有難いお言葉です、と。

そんな台詞も、矢張り相手の口に飲み込まれて。




【了】




06/11/27・改定






______






ねむりにつくまえに




なんて顔してんのさ

男前が台無しだよ

ほら行った行った

皆が待ってるだろ



旦那がいなくなったらそりゃあ大変だ

なんたってまずお家がある

そうでなくたって旦那は味方が多い

味方っていうのは別にそういう意味じゃなくってさ

うん

『友達』って感じでいいや

要するに

旦那を慕ってくれてる人さ

沢山の人が

旦那を想って泣いてくれる

でもあれだ

大勢の人を泣かすのは旦那は嫌だろうから

それはきっと

俺もあんまり羨ましくないね



ああそういや

香典はたんまり貰えるんだ

羨ましいな旦那は

六文銭なんて要らないじゃない



早く行きなよ

洒落にならないよ

俺を御荷物にするつもりなの

それだけは御免だ

舌噛んで死んでやる

それでもまだ行かないってんなら

今直ぐにだって死んでやる

いいか旦那

俺とあんたは違うんだよ



俺が死んでも問題ない

俺が死んでも皆悲しまない

そういうもんなんだ

それが忍なんだから

否定されたって困るんだよ

そうじゃなきゃ俺

忍失格ってことになっちゃうんだから

それは嫌だね

それくらいの誇りは持っていきたい訳よ

分かるかな

分かりたくないのは分かるけど

ごめんね

旦那みたいな生き方は憧れる

でも

俺にはやっぱり無理みたいだ



さぁ行って

俺は忍だよ

旦那と一緒には無理でも

俺一人なら何とかやり過ごせるさ

だから行ってよ

俺のこと信頼してるならさ

ほら振り返らないの

そうそう






ねぇだんな

すきだよ

だいすきだよ

だからさ

おれのせいでしなないでよ





だんなのねがいはわかるけど

うれしいけど

それでもやっぱりきいてやれない

ごめんね




おれはさ




だんなのためにしにたいんだよ




【了】



06/11/19・up