【一日を想う10のお題】
(配布元→http://lyricalsilent.ame-zaiku.com/)

学園で10題に挑戦。
各話の【了】をクリックするとTOP(ここ)に戻れます。


01:二限目の重役出勤(親&小)
02:数学は睡眠時間(幸&佐)
03:気まずい体育館裏
04:昼食フライング
05:渡り廊下で拾った運命(佐&かす)
06:ベランダ密会
07:あひるの危機を回避せよ
08:屋上謳歌!
09:うるさい理屈をまき散らせ(慶&小)
10:明日を待つ教室




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01








「ちぃーっす」
「またテメェか」

小十郎は溜息混じりに、部屋の入り口に立つ正面の若者を見た。
長宗我部元親という三年の生徒で、小十郎はクラス担任ではないが、家庭科の指導はしている。

いつもの様に、元親は当然の様に家庭科準備室――要するに家庭科教員の部屋――に当然の様に入り込み、勝手に湯飲みを取って勝手に急須に茶葉を入れ、勝手にポットの湯を注いだ。
小十郎はその茶葉を多すぎると指摘したが、元親はセコイ事言ってんなと相手にしない。
それもまた、普段通りのやり取りだった。

「いい加減にその遅刻癖を何とかしたらどうだ」
「三年生じゃ、もう殆ど来てない奴だっているんだ。それでも一応毎日は来てる分、俺だって真面目な方だろ」
「そいつは残念だったな、遅刻よりゃ欠席の方が内申には良い筈だぜ――まぁ、数が嵩めばどっちも印象悪い事に変わりはねぇか」
「おいおい、教師がそんなこと言っていいのかよ」

教員用の机は二つある。椅子も勿論二脚。
小十郎は自分の椅子に座っている。
急須と湯飲みを持った元親はその横、小十郎の机に腰掛けた。これも既に定位置。
元親は机上に湯飲みを二つ並べ、急須も置いた。
その急須を持ち上げ軽く回し、小十郎は湯飲みに注いでいく。過去に元親が片手で淹れて蓋を落とし大惨事になったこと、そしてそうでなくとも毎回周囲に飛沫を飛ばす淹れ方しか出来ないことに小十郎が切れ、この工程だけは小十郎が受け持つことになったからである。

「大体普通は保健室だろ、サボリっつや」
「サボリじゃねぇよ時間潰しだ。うちのクラス遅刻だと教室入れてくんねぇんだよ。こんな所で悠長にサボれる程、この俺が出席日数足りてる訳ねぇだろが」
「威張ってんじゃねぇ阿呆」

小十郎は注ぎ終えた湯飲みを元親に渡しながら、次の時間に配布するプリントを眼で追っている。
元親はちらりと見てそれが授業関係のものだと理解すると、興味がないのでそれ以上覗きもしければ何をしているか尋ねもしない。

「そういやお前、俺がいねぇ時はどうしてんだ」
「悩み相談のフリして、小十郎センセイ待ってるって言って場所借りてる」
「悩み相談ってのは無理があるだろ。俺は家庭科の教員なんだがな」
「あの保険医に何か話したいか?」

保険医と向き合う自分を想像し、小十郎は黙る。
それを見ながら「だろ?」という顔で、元親は一口茶を啜り。
湯飲みを置いて、一息吐いてから再び口を開いた。

「――まぁ、トイレでヤニらないだけマシと思えよ」
「俺はてめぇがどこで何しようと一向に構わねぇんだよ。寧ろその方が邪魔にはならねぇ分マシだ」

元親は眉根を寄せた。
追い討ちをかけるように、教員用トイレがある分二次喫煙も関係ないから自由にすれば良い――と、小十郎は続ける。

「とても教育者の言葉たぁ思えねぇな」
「教育者の前でヤニるだの言ってんじゃねぇよ不良生徒が。停学にして欲しけりゃ申請するぜ」
「どうせ暫く吸えてねぇよ。目聡い、五月蝿ぇのがいるんだ」
「ああ――生徒会長サンがいらっしゃるんだっけか、てめぇのクラスは」

図星のようで、元親は深く溜息を吐いた。
小十郎はしてやったりと笑っている。元親は恨めし気な眼で、そんな小十郎をじとりと見ながら。

「誰にも見つからねぇで吸ってる分には放っとけって話だろ。そう思わねぇ?」
「そうだな。誰が何時何処で肺癌やらクモ膜下出血やら脳血栓になってのたれ死のうが知ったことじゃねぇからな」
「お。もしかして反対派?」
「もしかして、ってのは何だ。一応反対しとかねぇと不味いだろ。まぁ推奨はしねぇよ」

言って、湯呑みに口をつける。
茶葉が多い分、香りが強いと小十郎は思った。

小十郎は煙草を吸わない。
まだ若い頃は吸っていたが、輝宗に政宗を任されてからはずっと控えている。自身の為と言うよりも、政宗の為を思ってのこと。
政宗にも吸わせないようにはしている。

「へぇへぇ、なるべく控えりゃいいんだろ、控えりゃ」
「ま、そうしとけ。どうせならこの機会に禁煙でもしたらどうだ」

言って小十郎は机の引き出しを開け、奥から何かを取り出し元親に放った。
元親は受け取った物を繁々と眺める。それは半分ほどに減ったガムだった。

「食いかけかよ」
「文句があるならとっとと返せ」
「やだね。貰ったもんは俺のもんだ――」

丁度その時、チャイムの音が響いた。
隣の家庭科室から、ガタガタと椅子を動かす音が聞こえる。

「時間みてぇだな。じゃあなセンセイ」
「ああ、寝るなよ――っと、なぁ長宗我部」

何だ、と。
扉に手をかけたまま応え、振り返る元親の眼を見ながら。

「お前、どうして俺が1限空いてる曜日にしか来ねぇんだ?」

それを聞くと、元親は笑って。
笑って、そのまま扉を開けて。

「――さぁな」



それだけ言い残して、扉は音を立てて閉められた。





【了】


07/01/12・up
遅刻者防止用施錠の決まりを勝手に作ったのは毛利です。




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02





「――であるからして、一度ここで微分をしてやって、それから――」



佐助は黒板に描かれていく数式を見つめる。
文字や数字に記号、一つ一つは認識できても数式全体としての意味を把握していない。
今佐助の頭を占めているのは、ただ一つ。

――眠い。

ひたすらに襲ってくる眠気に、佐助は意識というよりも瞼の筋力のみで僅かに抵抗する。
元より意識などは既に陥落済みで、辛うじて眼を開きそのまま図形を書き写すのが関の山。
それらの意味など全く理解していないし、そもそも文字らしきものも全て図形や線としてしか認識できていないのだから、今の佐助にとっては、これが数学の時間であるかも怪しいものだ。
このままではいけない。
このままでは、あらためて誤字脱字脱線だらけのノートを、教科書片手に解読しなくてはならないだろう。
そんな二度手間をかけている場合ではない――と思う。

――眠い、眠い、眠い。

苛々する。
辛うじて僅かであれば回転できるらしい頭で、大体がこの席配置も悪い――と、佐助は窓の外を睨んだ。

窓際の、後ろから二番目。
春の麗らかな日差しが佐助を包む。
春眠暁を覚えずとは良く言ったもので、佐助は窓から目を戻し呆と前の席を眺める。
一列五席、つまり同じ状況に置かれた生徒は佐助から見える範囲に三人――後ろにもう一人いる訳だが――ということになる。ところがどういうことか、その三人の内自分以外は舟すらこいでいないときている。

――森なら木も隠せるってのに。

佐助が眠いのには理由がある。
一つは連日のバイトで疲労が溜まっているということ。
そしてもう一つは、弁当を作るため毎朝早く起きなければならないということ。
そして――。

くぁ、と。
佐助は欠伸を噛み殺し、涙目になりながら黒板を見つめ――

「そこ!」

教師の声に、びくりと肩を震わせた。
一瞬で意識が引き戻され覚醒する。

「私の授業で夢うつつとは良い度胸だな、貴様!」

カツカツと、小気味良い音を立てて歩み寄る。

――マズッた。

頭を抱え、失敗したと言わんばかりの表情をしている佐助の横を、しかし教師は過ぎ去って。

「聞いているのか!?いい加減に起きろ――真田!」

おそらく手に持った教科書で頭でも殴ったのだろう。佐助のすぐ後ろで、小気味いい音が響いた。
くすくすと笑う周囲の声に合わせて、佐助も苦笑と共に溜息を一つ。
呆れ顔で振り返れば、頭を押さえながら、僅かに涙目になった幸村がいた。

「ぬ、っ!?」
「『ぬ』ではない!その態度は何だ、授業中に居眠りとは言語道断!もっとシャキっとして見せろ!!」
「某は寝てはおりませぬ!ただ、その、瞼を閉じていただけで――」
「何故授業中に眼を瞑る?」
「瞼が重かったので」
「それを居眠りと言うのだ!」
「眼は閉じていても眠っては御座ら――」
「つべこべ言うな!いいか、いくら大会前とはいえ授業中に居眠りなど、顧問が許してもこの私は許さん!!」

そう言って教師は大袈裟な、実に直線的な動きで幸村を指差した。
幸村が少し俯いて、小さな声ながら謝ると、教師は満足気に頷き――それでもまだ不満の色は消えていなかったのだが――黒板に向かって戻り始めた。

――あー、あ。

黙っていれば、それでも一応『格好良い』と呼ばれる部類であろう幸村の情けない姿に、佐助は息だけで笑った。
笑うな――と、恨みがましい眼で見てくる幸村に、全く悪びれずゴメンと返し。

「こら!貴様も授業に集中しろ」
「はいはーい」
「返事は一度で良い!」

脇を通りながら叱咤する教師に、佐助はへらりと笑って返す。

とりあえず眼は覚めた。
これで残り二十分、――まぁ何とか乗り切れるだろうと、教科書のページ数を幸村に教えつつ、前に向き直る。

剣道部は大会が近い。
佐助が眠いのは、深夜、練習を続ける幸村に付き合っていたせいもある。放っておけばいつまでも寝ないだろうと、寝かすために付き合ったのだが、それでも大分遅くまで付き合ってしまった。
とはいえ僅かでも――少なくとも、この頑固者相手に三時間は睡眠時間を取らせたのだから、佐助は誰かに褒めてもらいたい位の成果だと思う。
佐助に関しては3時間も寝られれば御の字、それ位の睡眠時間などざらにあるのだが、昨夜はそれも出来なかった。新聞配達のバイトは朝練などより余程早い。



――大会まで、あと三日。



「ま、頑張って頂戴な」



笑いながら、誰にも聞こえない様に、佐助は呟いた。






その、次の瞬間。
教師の幸村を呼ぶ叫びにも似た声と共に、一本の白チョークが、佐助の脇を走り抜けた。




【了】


07/07/28・up




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03




writing...




【了】


??/??/??・up






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04




writing...




【了】


??/??/??・up






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05








運命だ――、と。



最早何度目か分からないその言葉を呟きながら、かすがはうっとりと、廊下の窓から空を見上げた。

「運命、ねぇ」

確認するように呟いて、佐助はぼんやりとそれを眺めている。
廊下で立ち話というの自体は珍しくも何とも無いと思うのだが、如何せん、かすがのテンションの所為で周囲の注目を集めてはいないかと佐助は居心地の悪さを感じた。
比較的人通りの少ない廊下とはいえ、人通りが無いことはない。

かすがは全く気にしていない様子で、まだ窓の外の何処ともつかない場所を見つめている。
謙信の幻覚でも見ているのだろうかと佐助が思う程、眼を細め、実に幸せ気に。

「ああ。やはり私とあのお方は運命の絆、赤い糸で結ばれている!」
「廊下で擦れ違っただけなのに?」

佐助の至極当然なツッコミに、しかしかすがはふん、と馬鹿にしたように笑って。

「聞いて驚け、今月に入ってなんと7回目だ」

――そりゃ一日二日でなら多少運命感じても仕方ないかなって思えるけどもう28日だし、っていうか俺多分もっと会ってるよ――とは、佐助は言わない。
思うだけだ。
言えば面倒な事になる。面倒事は好かない。
加えて、かすがを怒らせる様な事は――佐助はなるべくしたくはない。

得意気に胸を反らすかすがを見ながら、軽く息を吐いて。
佐助は苦笑しながら口を開く。

「好きだねぇ、全く」
「悪いか」
「いや?いいんじゃないの」

きっ、と鋭く睨むかすがに、佐助は一歩近寄り。
寄せていた眉根の力を抜いて、あまり背の変わらないかすがの顔を、背を丸め覗き込むようにして。

「恋は女を綺麗にするって言うし、さ」

そう言って肩に回そうとした手は、けれど容赦なくかすがの手によって叩き落とされた。
赤く貼れた手の甲を抑えながら、佐助は非難の言葉を上げる。

「ひどーいかすがちゃん!乱暴!!」
「誰のせいだ、誰の。自業自得だ」
「そんなこと言うと俺様泣いちゃうよ?」
「お前が泣こうが喚こうが、私には関係ない!」
「愛が無いなァ」
「あってたまるか!!」

めそめそと泣き真似をする佐助を放ったまま、かすがは歩き出した。
勿論そんなことをしたところで初めから構われるとも思っていなかった佐助は、すっと立ち上がり、まだ数歩分離れただけの背中に向けて呼びかける。

「ああ、かすが」
「なんだ?」

立ち止まって振り返る、まだ少し苛ついているらしいかすがに、佐助は満面の笑みを浮かべて。

「また、来週」

――この時間この場所で。

二人には特に何か決まりがある訳でも、この場所に来る用事がある訳でもない。
ただいつの間にか、それが当たり前になっているだけで。

「――気が向いたら、な」

言ってまた歩き出す、かすがの背中を。
見えなくなるまで見送るこの時間が、佐助は好きだった。




【了】


07/01/19・up
『猿飛君の報われない恋を応援する会』(報われない前提)会員募集中。






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06




writing...




【了】


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07
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08




writing...




【了】


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張りのある声が、二人しかいない音楽室に響いていた。



実に伸びやかで、揚々として。

歌い手の気持ちが伝わる――それはそれは、実に。






09







「――下手糞」

音が止んで。
それまで黙って聞いていた小十郎は、パイプ椅子に腰掛け、腕を組み、足を組みながら一言だけ――『下手糞』、と。
そう発し、音を立てて採点用ノートを閉じた。

「ひどっ!それだけ!?」
「聞いてやってるだけでも有難いと思え」

時は放課後。
茜射す音楽室には、教師と生徒の二人しかいない。
オーケストラ部は廊下や階段で個人練習中らしく、バラバラな音が、辺りにひっきりなしに響いている。

小十郎は音楽が好きだ。
どちらかといえば聞くより演奏する方が好きだが、何にしても我流なもので、伊達家以外の人前で披露したことはない。
また好きではあるが、けっして詳しくない。
顧問でもないから、けたたましい音をたて続ける彼らが何の曲を練習しているかも、まったく分からない。
たまに聞こえてくる――遊びで吹いているのだろう――お茶の間アニメの主題歌程度が辛うじて分かるだけだ。
猥雑な音の総体は、興味も誘わなければ、元々機嫌の悪い時に聞いた分、余計に耳障りで。
小十郎は、不機嫌そのものといった顔で座っていた。

その正面に学生――慶次が立っている。
精一杯、込めれるだけのものを込めて臨んだ実技テストの評価が『下手糞』の一言に尽きたことに引き続き不満を唱えてみるが、小十郎はまるで相手にしない。
慶次にしてみれば、小十郎の機嫌が異様に悪い理由もろくに分からないのだから理不尽極まりない。
尚も不平を訴えてくる慶次に、小十郎は渋面をして漸く口を開いた。

「大体、人がわざわざ『この日だけは休むな』っつってやってんのに、それをどうして休むんだ、テメェは」

憮然とした顔で言う。
小十郎は授業時間内で全て終わる筈だった業務を補習という形で、時間的には余分にやらされているのだから、不機嫌になって当然だと思っている。
学校側の指示さえなければ1も2もなく試験の未受験ということでさっさと評定1をくれてやる所だが、やはり高校としても、評判云々を考えれば留年者をあまり出したくないというのが本音なのだろう。
勿論、所詮は1学期の学期末試験。赤点をつけられたところで、2学期3学期で取り返せば良い話だ。
だから余計に小十郎は気に食わない。少なくとも小十郎が学生だった当時、そんな馬鹿馬鹿しい、保護者への配慮は存在しなかった。
試験は常に一発勝負であるべきだと思う。失敗しても、そもそも受けられなくとも、結果で見れば変わりはない。
小十郎が渋面でいると、慶次が困ったとでも言うように肩を竦めて苦笑した。

「仕方なかったんだって、家庭の事情でさ。大体、行けないって前から連絡してあったんだから不可抗力だよ」
「何が不可抗力だ、何が。当日になって『今から家庭の事情で二週間いないから』とかふざけた事ぬかしやがったのはどこのどいつだ?」
「だって音楽に試験なんてないかと思ったんだよ。筆記はもうやったし――まさか実技までやらされるなんて思わないだろ?」
「思え。上杉さんに聞いた、去年もやった筈だぜ」
「そんな昔のこと、もう忘れたな。中間が無かったら期末も無いと思うのが人の性ってもんで――」
「生憎と、そんな性持ち合わせてなくてな。同情の余地すらねぇ」
「センセーひっどいなァ!そんなんじゃ、可愛い生徒達から嫌われちゃうよ」
「懐かれるよりゃ嫌われた方がよっぽど楽だな」
「――寂しいね、それ」
「『寂しい』?」

他愛ない言い合いの最中、急に眼を眉尻を下げて言う慶次に、小十郎は尋ねる。
不可思議と言わんばかりの小十郎に、慶次はまた苦笑して。

「だって完璧に職業として教師やってるってことだろ?そういうの、寂しいよ」

寂しいというのが慶次自身のことでなく小十郎のことだと気付くのに、小十郎は時間がかかった。
小十郎にとって、教師なんてものは職業以外の何ものでもない。
金を貰って、その分に見合っただけのことを教えるのが本来の仕事で、例えばこのように雑談に応じたりすること自体、時間外労働だと思う。
とはいえ小十郎が今まで出会ってきた教師が、皆そうだった訳ではない。
むしろ殆どが、実体のない権威を振り翳して満足し、気に食わないことがあると叫んだり嫌がらせをしたりといった連中だった。そうでない連中も完全に生徒を下位扱いし、押付けがましい親切心を振り撒くような真似ばかりしていて気分が悪かった。
小十郎は、自分がこうあるべきだと思う教師像を目指していたのであって、慶次の不満気な表情に逆に驚く。
この男は、教師に何を求めているのか、と。

「そういう、もんか?」
「そ。『そういうもん』さ」

はぁん、と、小十郎は分かった様な分からなかったような微妙な返答をして窓の外を見やった。
――『寂しい』。
小十郎にはそれを指摘されて否定するだけの要素はない。
ただ、それで小十郎が困っている訳ではないし困っているような姿を見せた覚えもない以上、慶次は小十郎のために言ったのではないだろう。
では、何のために言ったか――。

単純なことに気付き、ふと小十郎は視線を慶次へと戻した。

「何だ、もしかしてテメェが嫌なだけか?」

慶次は驚いたように目を見開く。
そしてすぐに大きく溜息を吐きながら、腕を頭の後ろで組んだ。

「ああ、ひどい。酷いなァ、まったく」
「何が――」
「そういうことは気付いても言わないで、可愛いなとでも思っておくのが大人ってヤツだろ」

口を尖らせて言う。
可愛いと思わせたいのか自然な行動なのか悩むところだが、どちらでも構わないと小十郎は思った。
実際、小十郎はどちらであっても不満なのだ。
そのどちらであっても、そんな慶次に対し小十郎が悪印象を抱いていないことは、実に癪なことに、変わりはないのだから。

「そいつは悪かったな。今度からはもっときちんとお前を子供扱いしてやる」
「ほんっと、大人気無いなぁ」
「うるせぇガキ。テメェに合わせてやってんだろーが」
「優しくないよー、センセー」
「てめぇに優しくしてやる義理はねぇ」

再びノートを開きそこに目を落としながら、折角見てやったってのに、下手糞な歌聴かせやがるし――と、小十郎は結ぶ。
慶次が僅かに顎を引いて、恨みがましい視線を向けた。

「そんなに下手下手言わなくたっていいじゃんか。俺の歌、皆結構褒めてくれるのに」
「歌詞しか合ってねぇんだよ。勝手にてめぇの歌にすんな」
「俺の歌ったのの方が良い曲だって、絶対」
「そういうのは他所でやれ他所で。少なくとも試験で課題を変えるような真似するんじゃねぇ」
「下手なのと創作するのとは関係ないじゃん」
「音覚えて歌えもしねぇ奴相手に下手糞っつって何が悪ぃ」
「じゃあ、音合ってたら如何だった?」
「ああ?」
「俺の歌、好き?」

何を言っているのかと剣呑に視線を上げれば、慶次が、にこにこと笑っている。
もともと小十郎からは逆光になっているので、小十郎の見る慶次の顔は少し暗い。
小十郎はその影が、先程より少し濃くなったように感じた。

とはいえそれも一瞬で、馬鹿馬鹿しいと、小十郎は自身の考えを否定し視線をノートに戻した。

「――兎に角。試験は終わったんだ、くだらねぇこと言ってねぇでとっとと帰れ」
「え、答えは――」



「帰れ」



「――ハーイ、帰りまーす」

小十郎から発せられた重低音に、慶次は頬をヒク付かせながら答える。
堅気の人間では中々出せないだろう、威嚇とも言える声に、慶次は小十郎が本当に噂通り『ホンモノ』なのかと考えた。

その視線の鋭さに耐えかね、慶次は大人しく帰宅の準備を始める。
ごそごそと鞄を引き寄せ、脱いでいた上着を羽織り。
ふとそこで、思い出したように小十郎を見て口を開いた。

「あ、センセー」
「ああ?」

尚も不機嫌そうな小十郎に向かい、慶次は何故か笑って。

「ありがとね、『優』」

「――『不可』、と」
「うわぁぁぁ!ごめんなさいごめんなさい、悪かったって!!頼むから変えないで落とさないで!!!!」
「うるっせぇ!採点ノート覗くようなふてぇ野郎にやるような点も単位もねぇんだよ!!」


縋るような慶次の絶叫が、広く廊下まで響き渡って。




【了】


07/03/15・up






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09





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【了】


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