1 ある日ある所に、アニキと呼ばれる一人の海賊がいました。 アニキは幼い頃、それはもう将来海賊になるなど冗談としか思えないような大人しさで、周りからも冗談と皮肉をこめて『姫若子』とたいそう可愛らしい名で呼ばれていました。 それがどういうわけか、年頃になりいざ戦場に出てみると、それはそれは目覚ましい働きを見せたのです。 あれがあの姫若子か――などと、これには今まで陰口を叩いていた家臣達もこれには舌を巻きました。 その後も戦を重ね鍛錬を重ねすくすくと育った結果、見事アニキは今のような、疑いようもなく筋肉質で柄も良くないほぼ完璧な海賊になったのです。 そしていつしか人柄明るく人情に厚く面倒見もよいので、家臣達からアニキ、アニキと慕われるようになりました。 アニキには本来ちかべだの何だのという長ったらしい苗字に元親というきちんとした名前があるのですが、あまりそうは呼ばれません。 苗字に関しては名乗ろうとして本人もたまに噛むという不便さ。 それは誰も呼ぼうとしないというものです。 「くそっ…」 その時、アニキは猛烈に道に迷っていました。 突然狩りをしようと言いだし子分達を連れ意気揚々と森に来たのは、まだ日の昇りきる前のこと。 途中、ふと見かけたツチノコを夢中で追いかけていると、気付けば子分達の姿がなくなっていて。 探しながら歩いている間に、いつの間にか日も落ち、辺りは暗くなっていました。 狼の遠吠えや野獣の呻り声のようなものが聞こえますがそこは何と言ってもアニキですから、全く気になりません。 むしろこれでもかというほどお腹が空いているので、ああ肉が叫んでいるな、程度にしか思えませんでした。 危機感が薄いのか大物思考なのか判断に苦しむ所です。 そのまま声を頼りに獣を探し、捕らえて食べようかとも考えてみるのですが、悲しいかな、お腹が空いて思うように力が入りません。 今の状態で野生の獣と闘うのは得策ではない――と、それはアニキ自身が一番よく分かっています。 とはいえアニキも腹を空かせた生き物であることに違い有りませんから、そこらの獣ごときに、そうやすやすと負けてやる気はしません。 しないのですが、他に確実な獲物があればそれに越したことはないのです。 何かいないか――そう考えていると、夜闇に薄らぼんやりと、白いものが見えました。 目を凝らしてみれば、どうも兎のようです。 普通の兎よりサイズも大きく人間並みの大きさで服を着て二足歩行で走っていますが、耳の形状的に見ればそれは確かに兎でした。頭上に白い耳が伸びて、走るごとにぴこぴこと揺れています。 もちろんその肌に毛など生えておらず顔は人間のよう、かつ頭には毛髪も艶やかに伸びていたのですが、お腹を空かせたアニキの視界にそんなものは全く入ってきません。 アニキの眼にその生物は純粋な肉としてしか映りませんでした。 アニキは一直線にその兎のような生物を追いかけました。 兎は動きからしてあまり走るのは速くなさそうでしたが、元々の距離が大分離れていたので中々追いつくことができません。 「待て………肉!!」 煮て食うか焼いて食うかと幸せな悩みで頭を一杯にしながらアニキは走ります。視界には兎――のような生物――しか入っていません。 アドレナリンが大量に分泌されているのでしょう、草が手足に切り傷を作っていきますが全くお構い無しに失速もせず全力で走り続けます。 ふと。 兎の様な生物が一際大きな木の手前で立ち止まりました。そして、その根元で小さくうずくまり、アニキの眼前から姿を消してしまいました。 気付かれたか――。 アニキは短く舌打ちしました。 しかし隠れたとすれば探せば済むだけの話、逃げたとしてもそう遠くへは行っていまい、逃がすものか――と、アニキは再度加速して走ります。 そうしてようやく木の根元まで来た時、アニキはふと、あることに気付きました。 「へ?」 踏み込んだつま先にあるはずの抵抗がなく、ただ空を切ります。 その突然の異変、感触の違和感にアニキが下を見れば、そこには深い穴がぽっかりと開いていて。 「え、お、あ?――う、ぅあぁぁぁぇぁぁぁ!!!!??」 こうして。 日本語的に活字で表現しづらい叫び声を上げながら、兄貴は垂直落下を始めたのでした。 【続...?】 |
無料配布用に書き始めたんですが、 当家ジャンルで突然兄貴本渡されても困るかと思い中止してup。 許されれば続きも書きたい。 08/01/08・up 09/04/11・re |