【才蔵と佐助】 佐助と名乗ったその男に、瞬間、才蔵は殺気を集中させる。 しかし『佐助』はそれに気付いてかそれとも気付かずなのか、へらへらと笑いながらゆったりと立っている。 雑兵であれば瞬間で竦む殺気を発したまま、才蔵は口を開いた。 「俺のことをかぎ回ってたのはお前か」 「あんたがこの辺に居るって聞いたんでね」 「俺は、お前がこの辺りを最近うろついていると聞いてきたが」 「あれ、ホント?そいつは不思議。ま、どっちでもいいじゃないの、そんなこと」 片手を上下に軽く振りながら、佐助は言った。 才蔵は無表情のまま、佐助の一挙一動を見ている。 ――隙がない。 一見隙があると言えばあるようにも見えるが、それでいて各動作に無駄が無く、気配にむらがない。 「何用だ」 「お先にどーぞ」 「聞いたのはこちらが先だ」 「だって、俺様はちょいとアンタにお願いがあって来たんだけどさ。あんた、黙って俺の言うこと聞いてくれないでしょ」 言って、初めて佐助は才蔵の殺気に正面から向き合った。 予想外の瞬間、佐助から発された想定外の気迫に、才蔵は驚く。 勿論外見には出さなかったが、内面で妙な焦りを覚える自分を感じた。 今まで抱いていた己の中の『猿飛佐助』像が膨れ上がる。成程噂通り、才蔵の目前にいる優男は「忍の中の忍」と評されるだけの事はある存在なのだろう。 「なら、あんたの用事を先に済ませちゃった方が楽じゃない?」 膨れ上がる裂帛の気に、才蔵はたじろいだ。 佐助は相変わらず力の入っていない立ち姿である。 ただ、発される気のみが重圧を増している。 泥沼に足を取られたような心持で、才蔵は佐助と向き合っている。 ――視線を逸らせばやられる。 そうした根拠の無い確信が才蔵を支配していた。 とはいえそれは佐助とて同様で、一瞬でも気を抜けばその隙を逃さず才蔵が襲い掛かってくるであろうことは、十分把握していた。 「俺の用事は――分かっているな」 抑揚の無い声で、才蔵が言う。 佐助はわざとらしく腕を組み、考える素振りをして勿体をつけながら口を開く。 「誰かの仇討ち――って訳でもなさそうだな。あんた伊賀の出だろ?主もいない忍に、そんな真似する義理は無いからな」 「無論」 「そっか。そんならまぁ確定か」 伊賀忍は特定の主に仕えるということをしない。 佐助は腰から愛用の大手裏剣を手に取り、中心に指を通して軽く回した。 その動きにあわせて、才蔵も忍ばせておいた小太刀を抜き、構える。 「掛かってきなよ。軽ーくお相手しようじゃないの」 不適に笑い、自身に向けて指を曲げ挑発する佐助に、しかし才蔵も口角を上げて。 僅かに口を開いた。 「――参る」 地を蹴る音とほぼ同時に、金属のぶつかり合う不快な音が響いた。 ぎちぎちと鳴る御互いの得物に、両人共に目をむけてはいない。 見ているのは眼前の相手。 その双眸のみ。 「ちなみに、聞いておこうか。お前は俺に何の用だ」 「何だと思う?」 「試すつもりか」 「あんたが試されたいならね」 「戯言を」 「堅苦しいのは苦手でさ」 一際大きい音を鳴らし、二人共後方に大きく跳ぶ。 地に足を付けた瞬間、佐助から発されていた殺気と敵意が消えた。 一応は武器を持ったままだが、だらりと下ろされた利き手にも攻撃してくる様子はない。 才蔵はいぶかった。 佐助から目を外すことなく、じりじりと間合いを詰めながら。 「何のつもりだ」 「分かるってるだろ」 「何の話だ」 「俺の用事さ」 「知るか。興味もない」 「あ、そ」 大して落胆した風でもなく、佐助は言った。 「俺様もさ、暇じゃない上に、御家に仕える身だからそう易々と怪我したり命落としたりできないんだよね。あんたに付き合ってやろうかと思ってたんだけどそう簡単じゃなさそうだからな――賭けしようぜ」 「『賭け』?」 そう――と言って、佐助は持っていた手裏剣を地に刺した。 何かの仕掛けか術かと身構える才蔵に向かって、違う違うと、手を振りながら笑い。 「面倒だから一発勝負だ。今から、あんたが俺に向かって手裏剣――棒でも何でも、あんたが使い慣れてるので良いぜ――を投げる。それを俺がここから一歩も動かずに取る事が出来たら、俺の言うことを聞いてもらおうか。取れなかったら勝負はあんたの勝ち。――どうだい」 ぴくりと、才蔵の片眉が上がった。 【続】 |
才蔵と佐助の出会い編・2。 予想外に長くなってしまって困ってます。 07/12/08・up 10/09/28・re |