(幸佐×1・政小×2) 【初雪】 (伊達主従) 「政宗様」 「――…ぁ?」 ――聞きなれた低音。 静謐に響いた声で眼を覚ます。 窓から覗く空に陽は見えない。 が、予想していた程の暗さはなく、政宗は眉を顰めた。 まだ眠り足りなさを感じながら、瞼をこすり。 一つ大きく欠伸をしたあとで、掠れる声を絞り出した。 「まだ早ぇんじゃねぇのか?もう夕餉か?」 「いえ」 ――はぁぁ、と。 不機嫌を隠すことなく声を上げ、政宗は俯き気味の小十郎をじとりと睨んだ。 「俺が何つったか覚えてるか?」 「はっ」 「言ってみろ」 「小十郎の記憶が確かならば、 『クソ寒ぃんだよ畜生眠ぃったら眠ぃ俺は寝るいいか夕餉の時間になったら起こせじゃあな』 と仰りましたが」 間違っておりますかと真顔で尋ねる小十郎に、Perfectだよ、と不機嫌に言い捨てた。 「まだ夕餉の時間じゃねぇんだろ?」 「ええ」 「なら何だってんだ。急ぎの用だってんなら仕方ねぇが、急いでる風でもねぇじゃねぇか」 「確かに…急ぎ、ではないのですが」 「だから何だよ」 「いえ、そもそも特に用という程の用はないのです」 「Ha-an?」 口篭る小十郎に、政宗は眉を顰める。 小十郎は普段このように歯切れの悪い応答をするような男ではない。 「どうした。おかしいぜ」 「その、実は――何故政宗様をお呼びしたものか自分でも分からないので」 「用もなく起こしたってのか」 「ない、という訳ではないのですが」 「おら、怒んねぇから言ってみな。どうしたってんだよ」 「――外を」 「外?」 言われて障子の方へ目をやれば、 開いたその隙間から覗く庭のその一面に、白の斑が出来ていた。 宙には大粒の白が舞っている。 「Hunn――雪、か」 「ええ、それだけです。本当に申し訳ありませんでした」 大真面目で、申し訳なさ気に肩を落とし、頭を下げる小十郎が可笑しくて仕方がない。 堪えきれず、政宗は声を出して笑った。 「っくく。そうかそうか」 「いかがなさいましたか?」 ――怪訝な顔で聞いてくる、その顔と態度が余計に可笑しい。 おそらく本気で気付いていないのだろうと、 政宗は湧き上がる可笑しさと、そして嬉しさに笑んだ。 小十郎は当然ながら意味が分からず、そんな主の様子を怪訝に眺めている。 奇妙なものでも見るような視線だが、今の政宗にはそれも気にならない。 「いや、雪は分かった。で、てめぇはなんで起こしたんだ」 「いえ、それが」 「分かんねぇんだな」 「は。申し訳御座いません」 「馬鹿野郎」 そう言って、政宗は脇に座していた小十郎の背に腕を回し抱き寄せた。 「政宗様」 「ははっ。分かんねぇか、そうか」 「何をそのように笑っておられるのですか」 「Ann?決まってんだろ――」 お前が俺に夢中だからだと言ってやれば。 一層凶悪な顔になるのもおかしくて、政宗は一際大きく笑った。 ※※※ はいはい、甘い甘い。 【雪】 (弁佐) 息を切らせ、人の名前を呼びながら。 走って部屋に入ってきたと思えば何のことはない。 「佐助!雪だ!!」 もう降り始めてから半刻は経っている。 おそらく今起きたのだろうが、大体この寒さでよくもまぁ今まで気付かずに 眠っていられたものだ――と、半ば呆れ気味に俺は口を開く。 「うん、知ってる」 さっきから降ってるよと言ってみるのだが、嫌味が通じないのか、 確かにもう積もっているからなと楽し気に、開け放した障子から外を眺めている。 あまり雪の降らない地域では、子供は雪が好きだという。 成る程なぁと、喜び勇む幼い主をぼんやり眺めた。 年に一度は降るとはいえ、矢張り珍しいのだろう。 庭の様子を一心不乱に見つめる眼は、 まるで珍しい玩具でも貰った時のように輝いている。 と思えば、どうにも落ち着いていられないものなのか、 ものの数秒でこちらを振り返り再び叫んだ。 「雪だ、佐助!」 「だから、分かってるって」 「嬉しくはないのか」 いかにも不思議そうに首を傾げるその姿が微笑ましい。 とはいえ嘘をつかなければならない道理もないので、困ったように眉根を寄せ、 しかし笑って、正直に答える。 「雪は嫌いだよ」 「何故だ――」 きれいではないかと、心底不思議そうに自分の顔と外とを 熱心に見比べる弁丸を見て、笑う。 「だって寒いじゃない」 「降らなくたって寒いではないか」 「降ったら余計に寒いだろ」 「どうせ寒いなら雪が降った方がいい。それに」 不意に腕をつかまれ、引きずられそうになるのを慌てて立ち上がって歩き、 連れ出されたのは廊下。 部屋の中だって寒いが風がある分だけ余計に寒い。 景色は白く、池があったと思われる場所にも氷が張っているのか、 平たく雪は積もっている。 「きれいだ!」 何故か得意気に胸を張り、弁丸が言う。 きれい、ねぇ――と、気乗りしない返事をして、雪に包まれる庭を見渡した。 一面の銀世界、とでも言うのだろうか。 全て白い。 全てが白い。 ――味気ないにも程がある。 「きれい、なのかな」 「佐助はそうは思わないのか」 「ううん、いや、ねぇ」 どんなに今は『きれい』だったとしても、どうせ明日になれば踏み荒らされ、 泥に塗れる。 そもそも仕事の邪魔になる時点で、自分にとっては雪など不要なものでしかない。 本当は今日だって仕事の筈だったのが、足場の悪さや潜み難さから、 延期せざるをえなくなったのだから。 とはいえ、あまりそういうことはこの幼い主様には言わない方がいいだろう。 とにかく思いついた理由を口にする。 「だってさ。色がないのは、つまらないじゃない」 「隠している、ということなのか?」 「そういうことになるでしょ。全部これじゃ、何がなんだか分からないしさ」 ふぅんそういうものかと、外を見ながら小さく言った。 そんな様子を眺めながら、ふと考える。 別に「ああ、きれいだね」とでも言って終わらせればよかったのだ。 それを何故、自分はわざわざ口答えしてしまったのか――。 「けれどお前がそれを言うのか」 「――え」 不意をつかれ、二の句が次げずについ口篭った。 弁丸は時折妙に意味有り気な、鋭い一言を発することがある。 ――何を言っているのかと、茶化すように言わなければ。 言わなければ――。 しかしそんなこちらの動揺に気付いている風もなく、 弁丸は廊下の端から手を伸ばし、掌で雪を受けた。 「気にするな。どうせ全てそのままだ、雪は溶ける」 「弁丸、さま――」 「それに、弁丸には雪のない景色が分かっている」 だからきれいと感じるのだと、妙に得意気な満面の笑みを向けられても。 不器用に微笑む以外に、俺に一体何ができたというのだろうか。 ※※※ 幸佐と何が違うのかは察してください。 【春】 (伊達主従) 「春、ねぇ」 呟いて。 扇を水平に滑らせ、舞い落ちる花弁を受け取る。 胡坐をかいて上座に座る自分に、当然の如く賞賛する家臣達―― ――などという図式は当然ながら成り立たず。 既に出来上がっている家臣団はほぼ全員、 そんな俺の動作などまるで気にも留めず、やれ飲め騒げの馬鹿騒ぎをしている。 僅かに感嘆の声を上げたのは鬼庭だろうか、 しかしその声も、どんちゃん騒ぎに掻き消されてろくに聞こえなかった。 眼が合ったので、苦笑する鬼庭に同じく苦笑で返し座をぐるりと見渡す。 ――桜。 姥桜の花弁舞う下に、見慣れた連中が大口を開けて笑っている。 騒ぎ出す者、泣き出す者、脱ぎ出す者に、はたまた始まる喧嘩に賭け。 度を越すものでなければ咎める必要もなく、寧ろ楽しんでいる証拠だろうと思えばこそ、 そもそも自分自身が程好い程度に酔っていることもあり気分がいい。 「春、ですな」 隣にいる小十郎も座を見渡しているらしく、 しかしその声には呆れのような安堵のような、表現し難い温かみがある。 俺の酒癖が悪いということで飲み過ぎることのないようにと見張っているらしい。 ああそうかと腹いせも兼ねて散々飲ませたのだが、小十郎は僅かに頬を赤く染めただけで、 平素とまるで変わりない様子だった。 相変わらず眉間に皺を寄せて、溜息を吐きながら。 「――困ったものです」 「そう困ってる風でもねぇがな?」 「そのようなことは」 「まぁまぁ良いじゃねぇか。折角の花見なんだ、 GUESTは精一杯ENJOYしてくれてた方が、HOST冥利に尽きるってもんだぜ」 僅かにムっとし、何か言いた気に睨む小十郎に意地の悪い笑みを返して酒瓶を向ける。 「お前も飲めよ」 「は?いえ、しかしもう既に、」 杯を置き手を被せて、首を横に振る。その小十郎の手首を取って引き寄せた。 挑戦的に、覗き込むように下から見上げれば、 ほぼ反射的に身を引こうとする小十郎の首に空いた方の手を添えてそれを阻止し。 「飲め、っつってんだよ。まさか俺の酒が飲めねぇってのか?」 「――有難く頂戴致します」 抵抗も無駄と悟ったか、渋々といった顔で杯を差し出す小十郎に満足し、酒を注ぐ。 ――わ、と。 一片、その水面に花弁が乗った。 「お!」 「おや」 「へぇ、粋なPRESENTじゃねぇか。一気にいきな」 「…有難く」 上を向き、一気に流し込む――飲み込む際の、喉の動きが良いと思う。 小十郎がきちんと飲み干し、ふぅと息を吐くのを確認してから、 四肢を伸ばして寝そべった。 ――桜。 ここ一帯には葉の少ない姥桜を好んで多く植えてある。 空が桃色に染まるというのも、不思議なものだ。 「春、か」 「はい――もう春です」 「雪が、溶けるな」 「はい。じきに」 戦を始めるのでしょう――とは、小十郎は言わない。 勿論俺も口には出さないが、桃色の空に向けて手を伸ばした。 「今年は、特に減るか」 「減るでしょうな」 何が――とは、お互いに口に出さない。 享楽的な雰囲気の直接の原因には、この場にいる者誰一人触れない。 「馬鹿だな、こいつら」 「ええ。本当に」 「好きだけどな」 「――ええ」 「小十郎」 「はい」 「俺は謝らねぇからな。背負える」 「はい」 「俺は――」 「政宗様」 いつの間にか、先程注いだ酒瓶が小十郎の手にあって。 伸びてきた腕、人を慰めるかの笑顔で。 「一献、如何でしょう」 ――この男にだけは、敵わないと思う。 この俺の判断は、おそらくきっと間違いではないだろう。 何やら杯を持ち上げるのも面倒だったので相手の腕ごと酒瓶を持ち上げ口に運んだ。 慌てる小十郎が面白かったのでそのまま自分も馬鹿騒ぎに参加したことは覚えているが、 その後は結局悪酔いしたらしく、何も覚えてすらいない。 ※※※ 春ですね。 〜09/01/12使用 |