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(政小×2)



【バレンタイン】
(政小)



まぁこの季節になれば街がその色一色に染まるものだから気付かない訳はない。


嗚呼今年ももうそんな季節かと、他人事のように思っていた。
大体が季節イベントなんてものは気付くことと何か実行することとは全く別で、気付いたからといって即何かしなくてはいけないという道理はない。
特に今回は男女の恋愛イベント、しかも女性が中心になって行うものとなれば自分には全く関係が無い。
無い筈だ。
そう思ってきたし、実際に今もそう思っている。



――と、そこまで考えて、小十郎は前を見た。
そこには己の主君が底無しの笑顔で、片手を出して立っている。
顎を軽く上げ前に出し、見下ろすような視線で、口を開き。

「で?」
「『で』、とは――」

一体どういう意味かと尋ねれば、快活に笑って。

「てめぇからのチョコはねぇのかと、そう聞いてやってるんだが」

帰宅してからずっと、人様から貰ったチョコを戦利品などと読んで数えていたと思えばこれかと、小十郎は内心溜息を吐いた。
そもそも、たかがチョコとはいえ、義理でない限りは個人の想いが籠もっているものだろう。政宗の『戦利品』とやらには小十郎の眼にも明らかに義理の範疇を越えたものが混じっている。
それらを一つ二つと数えて学校で張り合っていたというのだから全く以って不謹慎な話だ――と、小十郎は思う。
今まで呆れ顔で個数に執着する政宗を眺めていたのだが、そんな数えられるだけの数を人様から貰っておいて、まだ自分から所望するというのだから心底呆れたものだと思いつつ、小十郎は口を開いた。

「――ご所望でしたか」
「去年も一昨年もその前も、寄越せっつった筈だぜ」
「去年も一昨年もその前も、寄越せと言われてから準備した筈です」

だから今年は要らないのかと思いましたと、小十郎は平然と言ってのけた。
小十郎とて、勿論要るだろうなと予想はついていたし実際何か作ろうかとも考えたのだが、男のためにチョコを作らされるこの状況が普通になりつつある自分に抵抗感がありすぎたため、強要されなければ必要ないと自分に言い聞かせた。
例年通りであれば数日前から矢鱈とチョコの話を振られ、あんなのが良いだの楽しみだだのとしつこい程に言われてきた。それが今年は無かったのだから、まぁいいかと三十路手前の男である自分が思っても、それは仕方がないだろうと小十郎は思っている。

「大体今日は『女が男にチョコを渡す日』でしょう。それにチョコなんて渡すのは日本だけで、特に意味もありません」
「まぁそう言うなよ、折角の恋人達のbig iventだぜ?」
「ええ、そうですね。世の中の男女は楽しんでるみたいですね」
「だから――」
「政宗様は十分楽しんだ御様子。今更一つや二つ、必要ないでしょう」

それに恋人じゃありませんしときっぱり言い切り、小十郎は政宗から視線を外す。
そのまま首を回して、作業中だった台所を見遣った。
小十郎にしてみれば、突然政宗に呼ばれて来たただけで、もともとは夕飯の仕度の途中。
早く玉葱を冷水でしめなければだの、そういったことばかり頭に浮かぶ。

「なんだ、小十郎。てめぇ妬いてんのか」

余裕で確認すると言うよりもその考えを押し付けるように、政宗は小十郎に言った。
政宗の手が小十郎の顎を掴み、再び自分の方へと引き寄せる。
小十郎は、その掴む力と勢いの強さに、苦痛と違和感で顔を顰めながら。

「妬きません。何故そうなります」
「妬けよ」
「そんな顔も知らない不特定多数を相手に、突然妬けと言われても――」
「いいから妬け」

低く凄まれ、小十郎は顎を掴む手を振り払うことすらせずに政宗を見つめ。


「俺だけ馬鹿みてぇだろうが」

「――え」


言うが早いが、政宗は前へと腕を伸ばし掴んだワイシャツの襟を強く引き、反応が遅れた小十郎はバランスを崩す。
乱暴に寄せられた唇は歯と歯がぶつかるのではないかという程の衝撃で、小十郎は口の端に軽く痛みを覚えた。血が出たのかもしれない。
しかし合わせられた唇と、それをなぞってから進入してきた舌からはまるで錆の苦さはなく、寧ろ。
まったりとして、それでいて程よく甘い。
ラム系の酒の香りが鼻を突いた。

舌をゆるりと絡ませて、わざと水音をさせるために空気をいれているのだろうと小十郎は思ったが、広がる香りに思い直す。
卑猥な音が響く。
甘ったるい香りが広がる。
小十郎は軽く眩暈を覚えた。

「――っは、」

漸く解放されて、小十郎は少し温まった息を吐き、顎に伝った唾液を指で拭う。
そして少し焦茶に汚れたその指を、視線を下げて見てしまった。
視覚刺激は一番直接脳に響く。

ずるいやり方だと小十郎は思う。

「政宗様」
「なんだ」
「政宗様」
「頭を整理してから喋れよ、お前らしくねぇぜ」
「分かりません」
「何がだよ。てめぇの貰ってきたチョコを渡した不特定多数相手に俺が妬いてるってことか」
「いえ」
「じゃあ何だ」
「分かりません。けれど――とにかく、申し訳ありません」

今小十郎には自分が何を考えているのか本当に分からない。
政宗が自分に関係して誰かに妬くということが、そこまで執着されているものかとどこか嬉しいような気もする。だがそれは同時に、政宗が小十郎の絶対的忠誠を若干なりとも疑っているということにもなりはしないか。
また、政宗からチョコを貰い受けた――ということになるのだろう――というのに、自分は贈り物として成立するようなものをろくに準備していない。

「――其処まで言うなら、一つ教えてやるよ」

政宗の楽しげな声に、小十郎は顔を上げて。

「今日の夕飯がカレーで、そこにチョコが入ってるのは知ってるから、俺は今機嫌が良いんだ」

政宗は喉を鳴らして笑った。

小十郎は苦虫を噛んだ顔で、口をへの字に曲げた。







【終】






※※※






【ホワイトデー】
(政小)


「Hey,小十郎!明日はどこに行きたい?」



――明日がホワイトデーだということそれ自体は分かってはいたが、これまで何の兆候も見られなかったので油断していた。
――ああそうだ確か去年も突然こう言い出して明朝から連れまわされたんだったなそういや。
――大体、どこかに行くことはもう確定条件で、場所だけを尋ねるというのはどうか。

小十郎は頭を抱える。
そもそも明日は平日であり、政宗には学校もあるだろうし自分も仕事がある。予め小十郎の予定を政宗が把握するか確認をし、先手を打っているのなら話は別だが、小十郎の経験から察するに決してそんなことはない。

『小十郎が自分に予定を合わせること』が当然であると、政宗の中ではそういうことになってしまっている。
実際、小十郎はきっとどんな用事があろうと結局は政宗に合わせてしまうのだし、そう思われていても仕方がないのだが。
小十郎は何だかんだと言いながらも結果として出来る限りは政宗を甘やかすし、政宗も、甘やかされるのを承知で無茶を言う。
小十郎がにべも無く断らざるを得ない程の無茶を言うときはまた別だが。

仁王立ちで顎を上げ、見下すように己を見やる政宗を見て、無駄だと分かりつつも、一層頭が痛くなる思いで小十郎は口を開く。

「政宗様。学校は――」
「行く」
「――え」

あっさりと返された端的な返答に一瞬言葉をなくす。
政宗は詰まらなさ気に頭を掻き。

「行く、っつってんだろ。何が不満だよ」
「いえ、その」
「別に行って欲しくないってんなら行かなくてもいいぜ?それならその方が一日楽しめるってもん――」
「政宗様…」
「冗談だよ、冗談」

政宗はそんな目で見るなと言い捨てて傍のソファに腰掛け、そっぽを向く。
どこか腑に落ちない小十郎は、そんな政宗の隣に腰掛けて。

「――珍しく、殊勝な御心がけですね」
「あん?」
「またてっきり朝から出かけられるものかと思っておりましたが」

一旦そこまでで切り、小十郎は横から覗き込むようにして政宗の横顔を見る。
政宗は小十郎を一瞥し、そのまますぐに視線を戻した。
そして顔を若干俯かせ。

「去年のお前が、気も漫ろだったからな」
「あ――あぁ」

そういえば、こちらの様子を一々気にしていたな――と、小十郎は思い返す。
自身が如何思っていたか、どんな様子だったかは殆ど思い出せないが、政宗の様子は覚えている。

「朝から連れまわしたところで――意識がどっか向いてるってんじゃ、こっちとしちゃ面白くねぇ。気晴らしもさせてやりてぇと思ってやってんのに、逆効果なんじゃ話にならねぇからな」

拗ねた様に言い、そして。



「それに仕事してるお前も、割と好きだし、お前が楽しそうだからな」



まぁ俺も学校に行きたくねぇ訳じゃねぇし、と言って少し眉を寄せながら、笑う。
小十郎は呆気に取られ固まっている。



「――で、どこに行きたい?」



――反則だ。

反則だ――と、小十郎は心中で繰り返す。
少し決まりの悪そうに尋ねる政宗を見ながら、矢張り反則だと、小十郎は思う。
大体が御互いに、そんな決まりの悪い事を――言わないからこそ良いようなことを――言うのは不得手であるし、何より嫌うところなのだ。
それを持ち出されては、抵抗することも出来ない。



加えて、内容が――。



「政宗様の、御行きになりたい所へ――」

ふと。
小十郎は言いながら目を閉じ、頭を下げかけ――止まる。
嗚呼そうだ己の主が柄にも無く殊勝な事を言う時は必ず――。



咄嗟に顔を上げ、目を開けば。



政宗のやけに勝ち誇った笑顔が、そこには在って。









【了】






※※※









〜07/05/12、〜07/06/02使用