(政小×1・幸佐×1) 【正月】 (政小) 「また、てめぇだけか」 「はぁ、その様で」 座敷に転がっているのは家臣達だが、その内殆どが眠っており、辛うじて意識のある者も澱酔しきって正体を失っていて。 上座に座る政宗とその脇に控える小十郎の他に、とても正気を保っている者はいないと見えた。 「小十郎、お前本当に人間か?」 「正真正銘、母の腹から出て参りました人間ですが」 「それだけ飲んだら普通はああなっちまうモンなんだぜ」 政宗が顎で示した方向を見れば、伊達成実が大口を開けてご丁寧に鼾までかきながら寝こけていた。 腹が出ている。それだけならまだしもその腹に顔が描いてあるというのは、どうにも情けなくていけない――小十郎は溜息を吐いた。 「――情けない」 「そうか?楽しくていいじゃねぇか」 政宗は楽し気に座を見回した。 当の政宗は殆ど飲んでいない。酒乱の気がある政宗を小十郎が止めているのもあるが、政宗自身、澱酔時の記憶があり反省はしているので、あまり大量に飲まない様にはしている。元来酒に弱いという訳ではないので、節度が難しいのではあるが。 「残念ながら、理性を失うという状態は分かりませんし、そんなことが自分に可能とも思えません」 「まぁ、酒に酔っても気持ち悪くなるだけだの、眠くなるだけだのいう奴もいるからな」 「はぁ、そうですね」 皆の布団でも用意させましょうかと、小十郎は立ち上がって―― 「っと」 「小十郎?」 政宗は立ち上がろうとして体制を崩した小十郎を、支えようとその腰に手を伸ばす。 そしてずしりと掛かった予想外の重みに眼を丸くした。 小十郎の顔を見れば、全く赤くも何とも無いものの、こちらも予想外という顔をしていて。 「お前――もしかして酔ってんのか?」 「成程。酔っている――かも知れませんね」 酔ってるんだよ、と。 そう言って、政宗は腕を引き寄せる。 小十郎は僅かに抵抗したが、強く引いてしまえば崩れるように倒れこみ。丁度腿上辺りにきた小十郎の頭と顎を、政宗は両手で確りと挟み込んだ。 「政宗様、お放し下さい」 小十郎の手が、顎に添えた政宗の手にかかる。起き上がろうと下肢を動かし、何とかして上半身を持ち上げようと試みている――が、それを承知で政宗は微塵も動じない。 「Ha、やだね」 「政宗様!」 「うるせぇな」 「っ!?お止め下さい政宗さ――」 政宗は小十郎の言葉を続けようと開いた口に、覆い被さるようにして。そのまま滑りこませるように舌を入れると、小十郎が必死に首を振ろうとするのだが、政宗が強く抑えているので首を振ることすら出来ない。 政宗の舌を噛む訳にもいかないと決して閉じはしない小十郎の口の中、政宗は裏側から歯列をなぞり、下から上から攫うようにして舌を絡ませ、口蓋を伝い軟口蓋にまで達するかというほど深く入れて上底をなぞれば、制止しようと小十郎の舌が意思を持って動く。 それをまた絡めとり、わざと音が出るように少し口を離し空気を入れて。 さんざん口内を荒らしまわった後ゆっくりと離れて、即座に閉じた小十郎の唇を舌でなぞった。 「ッは、酒のflavorがするな」 「何を――!」 「ああ?大丈夫だよ、誰も見てねぇし」 見てても覚えてねぇだろうしな、と結ぶ。実際に政宗が確認した中では、こちらを見ている者はいなかった。 そういう問題ではないと、小十郎は大声こそ出さないもののひどく低い声で言った。 「そう怒るなよ。何もこのまま秘め初めするだの言ってる訳じゃねぇんだ」 「当然です。いい加減にお放し下さい」 「そいつは無理だな」 政宗はそう言って、非道く嫌そうな顔をした小十郎の顔をを見下ろして。 「危なっかしいからな。俺がテメェの部屋まで送ってやるよ」 いい主人だろう、と続ける。 小十郎は呆れて何も言わず、ただただ深く息を吐いた。 「――それだけですね」 「ああ、それだけだ」 「きちんと皆の寝所の手配もして下さいますね」 「約束してやる」 「酒量もご自身で抑えますよう――」 「五月蝿ぇな」 ゆっくりと小十郎の頭を下ろし、政宗は立ち上がって。 意地の悪い笑みを浮かべながら、起き上がりかけた小十郎に左の掌を差し出した。 【終】 ※※※ 【正月】 (幸佐) 月のない、夜。 幼い頃から、佐助はそれが好きだった。 月が見えない、自らの影も無い。普段と違うただそれだけのことに、妙に高揚したのを覚えている。 今はそんな餓鬼みたいな理由じゃなくなったけれど――と一人苦笑しながら、佐助は音もなく地に降り立った。城内は静まり返っている。佐助は少し安堵した。 汗や埃、そして自分のものでない血で汚れた手、腹、顔。 自分でも気持ちが悪い上、あまり人に見せられない姿である。特に今日というこの日は。 誰にも見付からぬ様にと、音を立てず気配を消して廊下へ上り―― 「佐助」 聞こえた声にぎくりとする。 佐助は肩も揺れてしまったかもしれないと、反省しながら顔を声の方向、つまり後ろへと向けた。 廊下の端に小さく見えているのは、幸村だった。 その後ろからは、微かに光が洩れている様に見える。どこかの部屋では、まだ人が起きているのだろう。 「やぁ、旦那。まだ起きてたの」 「今日は酒宴だ。不甲斐なく潰れていたものの、つい先程眼が覚めた――朝から姿が見えぬと思えば、一体何処へ行っていた」 言いながら、佐助に歩み寄ってくる幸村の歩は速い。 声には出ていないし本人も気付いているかどうか疑わしいが、幸村は怒っているのだと、佐助は思う。 佐助は夜目が利く。とはいえ、城に点いている明りのせいで逆光となり、幸村の顔はよく見えない。 それはつまり幸村からは、佐助の姿が見えているということ。 幸村の夜目が利くかどうか佐助は知らないが、とにかく眼は良いことだけは事実で。ともすれば表情まで見られているかもしれないと、佐助は眉根を寄せた。 「お仕事に決まってるでしょうが」 「正月からか」 「正月だからさ。月明かりも無いし、何処も彼処も浮かれてる。仕事がやりやすいったらない」 「佐助――」 「さ、とっとと風呂でも入って寝ますかね。旦那ももう寝ちゃいなさいな」 はらはらと手を振って、佐助は再び歩き出す。 「佐助」 声と同時に、片手首を捕まれ、佐助の動きが止まった。 「何?」 「血の、匂いがする」 「だから言っただろ。お仕事だったんだって」 「――お前のものではないのだな?」 「それは確実に」 「そうか」 言いながら、幸村は佐助の腰に腕を回した。抱き締めるというよりも締め付けるといった方が良い程の力がかかり、佐助も流石に息が詰まった。 「旦那、痛い痛い!苦しいって、ちょっと!!」 「俺もだ。俺も痛い」 幸村は佐助の肩に顔を埋めている。 佐助にその表情は見えない。 「来年はずっと傍にいろ。某の警護にあたれ」 肩が僅かに湿ってきたのを、佐助は感じて。 「我侭なことで」 苦笑しながら。 佐助は手甲を外し、幸村の頭をくしゃりと撫でた。 ※※※ 昔は一ヶ月が月の動きで決まってたらしく正月は新月らしい。 06/01/10↑↓〜使用 |