「生きるって何だろうな」
「――は?」

昼食を終え、膳を下げさせて。
用意させた茶を飲み終えて、一言。

同席した家臣に突飛な問いかけをしたことは悪いとも思うが、
だからといって、呆れたような哀れむような視線で見られる程の事ではなかった筈だと思いたい。




50





「おいおい、そんな顔すんなよ。別に俺がトチ狂った訳でも現実逃避してる訳でもねぇからな。ただ次会うまでに考えて来いとか言われちまったから仕方なく考えてるっつうだけだ」
「一体誰に」
「虎哉だよ。ったく、いくつになっても説教癖の抜けねぇ爺だぜ」

聞きなれた名に納得したのか、小十郎は眉根の皺を解いた。

「はぁ、虎哉禅師が。しかし一体何故そのような問いを」
「まあ初めは死について考えろってことだったんだけどな。死んだら終わりだろ。それだけだ。輪廻云々を信じてみたところで、どうせ誰も死んだ時のことなんざ覚えてねぇんだから無意味だっつったら――」

なら生について考えろとか抜かしやがって――。
悪態を吐く俺を、何故か僅かに笑って眺めながら小十郎が口を開く。

「では、政宗様は生についてどうお考えなのですか」
「だからそれを今考えてんだよ。生きてるなんざ普通の事だろ」
「普通、とは」
「普通だよ。少なくとも俺には生きてるのが当然なんだし、多分大半はそうだろ。生きることと生きてること、生かされてることは違ぇが、少なくとも死んでねぇ以上は生きてんだ。一瞬たりとも休まねぇで生きようとして生きてるような奴はいねぇよ」
「成程」

虎哉の意図とは違うだろうが、少なくとも俺の考えでは生の意味なんてその程度の意味しか持たない。

野望に向かうことも戦いに身を投じることも、俺にとっては普通としか言いようのない当然のことだ。
生きると意図して選択したものではない。
呼吸のように選択し行う動作に、意味なんて持たせる気は毛頭ない。

生きようとして生きる――生きてると実感すること以外にだって、生きる意味はある。
野望より大切なもののために生きている者だっている。
それくらいは自分にだってわかる。

自分は確かに上に立つ者だが――否、だからこそ。
それを否定する気はないのだ。

「お前はどうだ」

小難しい顔をしてもっともらしく頷いている小十郎に問えば、驚いたように目を見開いた。

「どうとは」
「お前にとって、生きるってのはどういうことか聞いてんだ」
「さあ。小十郎などには考えの及ばぬところ」
「あほか。んな世辞追従はいらねぇからとっとと答えろ」
「世事ではないのですが――仕方がない。私一個人にとって、ということでよろしいのですね」
「ああ」

ふむ、と漸く考えるようなそぶりを見せて、一呼吸置いて――一言。

「死なぬことかと」

静かな声。
まるで決意のような響きに、悪寒とも歓喜とも言えぬ奇妙な感覚がぞくりと背中を走った。

一瞬動かなかった唇を、緩やかに動かして音を出す。

「――なんだ。当然じゃねえか」
「ええ当然です。しかし――片倉小十郎の死は人とは違いますから」
「What’s?」

疑問を浮かべる俺に、小十郎は僅かに微笑んで見せた。

「片倉小十郎は、政宗様を支え、お守りするものです。その存在です。ですから政宗様が存在し片倉小十郎を傍に置いて下さる内にのみ片倉小十郎は存在できます。政宗様のお許しがなければ――その時その瞬間に、片倉小十郎は死ぬのです」

そこで一旦切り、息を吸う。
唇の開閉すらなにか意味を持っているようで眼を離せない。

「逆に。政宗様が小十郎を感じてくださっている限り、小十郎は死にません。政宗様がその御傍に小十郎の意志を意図をとどめて置いて下さる限り、私は生きているのです」

言い終えて、小十郎は自分の分の湯のみに手を伸ばした。
喉が、嚥下のため動く。

「――Hunn。たまに俺は一生お前に勝てないんじゃないかと悔しくなる」
「まさか。小十郎が政宗さまに勝てたことなどありませぬ」
「冗談抜かせ」
「冗談であれば、今此処に座しているのは小十郎ではありませぬ。ともすれば、そこに座っておられるのが政宗様でなかった可能性もありましょう」
「ああ、そうだな」

小十郎が言っているのは可能性の話だ。

もし俺が小十郎にしてやられる事しかできない程度の人物であれば、小十郎に見限られていたかもしれない。
またそうでなくとも、己の無明から小十郎以外の者を選んでいたかもしれない。
或いは当主になる前に命を落としていたかもしれないし、当主になったところで凡才であれば戦に敗れ謀反を受け、この首は胴と離れていただろう。

――そもそも小十郎がいなければ、今の自分はない。

自分の生まれ持った才覚、性格は勿論そう簡単に変わるものではないし、実際なにか変えられていた所で自分から気付けるものでもないとも思う。
そうは思うが、それでも小十郎から受けた影響は少なからずある。
それくらいは分かる。

小十郎にしてもそれは同様だろう。
小十郎が俺の手綱を握るのに、どこか一か所でも失敗していればまずここにはいない。俺が手打ちにしていても何らおかしくはないのだ。
出会い一つとったところで、偶然以外の何物でもない。
部下に勧められて親父が登用した、それだけの存在だ。

親戚でもなければ代々続いた家臣でもない片倉小十郎が俺の近くに居続ける――など。
誰が予想できただろうか。

当の親父だってそこまで考えてはいなかった筈だ。
小十郎の才も、性格も、知識も技術も立ち振る舞いも何もかもが揃ってこそ、こいつは今ここにいる。



――ここに、二人いる。



「確かに、お前の言うとおりだ。俺は今まで死んでいないからここにいる」
「なにか、楽しいことでもおありですか」
「いや。なんだ、俺は笑ってたか」
「は、そのように見受けられます」

小十郎はそう言って、こちらを不思議そうに見つめている。
俺はと言えばやはり湧いて出る笑みを抑えきれずに笑っている。



――嗚呼、どうにも。

――運命も偶然も必然も――そんな名前なんて意味のないくらいに。



「世界の全ては俺達に味方してるわけじゃねえってことに今更気付いたんだよ」
「なにをどう解釈してそうなったのですか」
「まあまあ、気にすんな」

まだ笑みは浮かべたまま両の腕を伸ばし、小十郎の双肩を掴む。
理解できないと言うかわりに、小十郎は眉をひそめた。

「政宗様」
「つまり俺達は世界に勝って此処にいるってことだ。違うか。Aren't you?」

そのまま引き寄せ、まだ何か言おうとしている唇を封じる。
このまま相手を見ていたら、どうにかなってしまいそうだったから。





(――今この時この瞬間を、幸せ以外の何と呼べばいい!)









50. 君の生きてる姿が好きだよ、と、言って、きみは笑った。








10/09/28・up