「って、テント!?」 「え、あ、はい。何かいけませんか?」 こちらの剣幕に驚いたのか一歩後ずさったものの、そのように驚く意味が分からないとばかりに、尋ねてくる我が弟を見て眩暈を覚えた。 27 地球滞在するにあたって中学生とやらに混じってみて数日が過ぎた。 ふと気になったのは、弟の暮らしぶりのこと。 アルバイトをしている風でもなければ誰かに世話になっているという話も聞かない。 当然のことながら、こいつは要領よく金を稼ぐなんて手段を知らないだろうし知っていても手を付けようとはしないだろう。 となれば一体どんな暮らしをしているものかと、帰り際に昇降口で尋ねてみれば――テントですがというのだから驚きは隠せない。 放課後だと言うのに委員会だの部活だのと顔を出して友達ハントをしている友情も、もしこの場にいれば同じようなリアクションをとっていただろう。 いや友情でなくとも、おそらくこいつの非常識に慣れている追手内以外は、確実に。 その追手内はといえば、先程化け物のような女に追いかけられていると思ったらその数秒後には何があったのか一緒に転げていて、数秒で廊下の先に見えなくなっていった。 努力は慣れているようで、修行お疲れ様です師匠などと叫んでいたが、あれは決して修行ではないだろう。 元々、ヒーロー成りたての弟にそこまで経済力があるとは思っていなかった。 とはいえ、200年も一人で生活していたとなれば、生活力はあるだろうと踏んでいたのだ。 ――テント。 まぁ言いようによっては非常に逞しくなっていたわけで生活力と言う観点から見ても何ら間違っていないのだが、良かった良かったと言うのは少々難しすぎる。 皆から愛されるべき正義のヒーローが公園で雨ざらしのテント生活をしているなど、これまで数々の星で数々のヒーローを見てきた自分でさえ聞いたことがない。 しかも自分と違って眼前にいるこの弟は、今現在のように地球人の姿を借り、ヒーローであるという正体を隠して住んでいるらしい。 義務教育中――まだまだ親の保護が必要な子供の姿で、だ。 となれば、地球人たちから見れば普通の中学生が1人で公園にテントを張って暮らしているということになるわけで。 ――苦学生にも程がある。 ――というか無理があるだろう、さすがに。 「なあ努力」 「はい」 「追手内以外で、お前がここに住んでるの知ってる奴っているのか?」 「はい。そりゃあ、たまにお邪魔する部活の友人は帰りが一緒ですから大抵知ってますし、クラスでも割と知られてますね」 それがどうしたとでも言わんばかりに、さらりと言ってのける努力に拍子抜ける。 皆珍しいのか見に来たがるんですよ、などと暢気に話す努力に、先程から続いている眩暈が悪化した。 ――最早、世間ずれしているとかいうレベルの話じゃねぇ。 この間違い尽した感覚は幼い頃からテント暮らしせざるを得なかった境遇のせいもあるだろう。 そう考えれば自分に一端の責任もあるのだろうが、これはもう本人のポテンシャルによるところが大きい。 「な、なにか言われたりはしないのか」 「いえ、特に。親兄弟や家族のことは聞かれますから、幼い頃に両親に先立たれて、それからしばらく兄達と一緒に暮らしていたものの喧嘩別れというか家出同然のように飛び出してしまって、それきりだと答えるようにしてます」 嘘ではないので――と、喧嘩別れしてそれきりになっている筈の兄に言うのが気恥ずかしいのか、少し照れながら笑って言う。 「それだけか?」 「はい。あ、そういえば最近パンや弁当をよくもらいます。自分は何もしていないし、何かの御礼といって渡される場合も見返りが欲しくてやった訳ではないからと一応断るのですが、無理にでもと結局渡されてしまって」 「いや、まあ、そうだろうな」 それはそうだろう。 地球人は何かと同情しやすい生きものだと聞いている。 自分の友人が家もなく家族もない、天涯孤独の苦学生となれば手を差し伸べずにはいられない、といったところか。 ましてや、相手は中学生。 最低限の生活費を稼ぐ手立てだって、合法的には存在しないはずなのだ。 この財源――ヒーロー協会から送られる仕送りのようなもの――を何と説明しているのかは知らないが、ただそれも真新しい制服や、道着以外の服をも買えない程度にしか貰えていないと周囲から思われていることは確かだ。 勿論本当のところは、努力自身が必要としていないからという理由が一番にあるのだろうけれど。 「なあ、努力」 「はい」 相変わらずのまっすぐな視線。 おそらくこちらの気持ちや気分などまるで分かっちゃいない。 そこがまぁ努力らしいといえばらしいが、時折心配になることも確かだ。 「一緒に暮らさないか」 きょとん、と。 努力は目を見開き口を薄く開いたままで、止まった。 「勝利兄さん、テント持ってきてるんですか?」 「なんでそうなる!?」 「さすがに、私のテントに二人はきついかと――」 「違う!だからなんでテントなんだよ公園から離れろ!!いいか、俺がお前の所に住むんじゃなくてだな。お前が俺の所に来いって言ってんだ」 「――兄さん、の?」 意図が掴めないのか、言いながら首を傾げる。 まぁ本人にとってはこの生活に不足なんてないんだろうから当然と言えば当然だが、それでも見ているこちらは居たたまれないのだから手を差し伸べてしまっても仕方がないだろう。 ヒーロー協会から若干ながら滞在費位は出ている筈だが、見たところそれらは全て学費雑費や生活費、あるいは何かしらのトレーニング費用に当てているようだった。 そこまでして地球人と一緒に――ラッキーマン、追手内洋一と一緒に――いたいのだろうかと考えると、少し妙な気分になる。 あの幸運だけのお調子者にそこまで心酔していることに理解は出来ないが、とりあえず、してしまっているものは仕方がない。 一度思い込むと頑固かつどこまでもポジティブで人を疑うことが苦手な弟のことだ。 おそらく何を言おうと無駄だろう。 それならばせめて、生活水準位は上げてやりたいのが親心――いや、親じゃあないんだが――というものだ。 一般中学生と違い、人間のままでも努力は十分強い。 努力返しがあれば寝込みを襲われる心配もないし、暴漢に襲われるといったような心配もあまりないのだが、それでも体は一応地球人の中学生。 体調管理もそうだが、襲われるにしたって万が一ということもある。 そのことを考えれば、手元に置きたいと考えるのが普通だろう。 決して俺が過保護なわけじゃない。 決して。 「友情も一緒だ。一軒家じゃねぇんだが、大家と友情が友達らしくてな――家賃は気にしなくていい。部屋も余ってる。部屋っつったって少なくともこのテントよりゃよっぽど広い」 「いや、でも、悪いし」 「悪いことなんざ何もねぇだろ。お前は――兄弟なんだから」 また兄弟三人で暮らすのも良いんじゃ――。 「あー、ひどい目にあった」 「あ!師匠!」 「お、おい努力――」 言い終わる前に、どこまで行ってどこから帰ってきたのか、ひどく憔悴した追手内が廊下の先から現れた。 その姿を見るや否や、努力は犬のように一目散に駆け寄る。 引きとめようと伸ばした手はその肩に追いつかずに空を切るだけだった。 「師匠ー!!」 「努力ちゃぁぁん!ああいう時こそ助けてくれないと困るよー!」 「いや、師匠の修行を邪魔してはいけないかと思いまして」 「あんな修行があってたまるか!いいか、です代はいつか倒さなければならない最強の敵だと思え」 「さ、最強――!?そうか、そんなものを相手に師匠は毎日己を鍛えていたのか!!」 「え、いや、うん、まあそういうことでいいや。あ、そういや努力、ママが今日夕飯食っていかないかって言ってたけど来るか?」 「良いんですか!?」 何やら話が勝手に進んでいるらしい。 和気藹々と話しながら下駄箱のあるこちらへと歩いてくる弟達を、このままでは無かったことにされるのではないかと慌てて制止する。 「いや待て努力!話は――」 「あ、すいません勝利兄さん。続きはまた明日にということでも良いでしょうか」 「あれ、勝利マンじゃん。こんな所で何してんの?」 当に満身創痍といった体で努力に肩を借りながら、まるで何も悪びれることなく俺を指刺し訪ねる追手内に、俺は満面の笑みを一つ送って。 そしてそのまま、無言で追手内を殴り倒した。 27. 寄り掛かってくればいい、一人分なら空いてるから |
余談:うちの勝利は追手内があまり好きじゃない。 理由:実力も信念も執念もない上にラキ状態でないと勝てないからと、努力。 08/11/03・up |